(46) わたしの従僕は凄いです
「俺にも会いに来てくださいね。寂しいんで」
驚いてそちらを見やると、エミーリオが手を振っているのが見えた。わたしは眉間に皺を寄せ、頭だけ下げて部屋を出た。
ルチアに会いに来れば、自動的に彼にも会うことになる。
側にいると緊張する相手の側にいるのは辛い。わたしは思わず文句を言った。
「……もう、どうしてあのひととルチアが同じ場所にいるの? どうせならデニーと一緒にしておいてくれれば良かったのに。そうすれば男女別でちょうどいいし」
実際、なぜ丁重に扱うはずが男女一緒に捕らわれているのか。疑問ではあったのだ。
「あー、まあこれから行くところを見ればわかるよ」
「これからって、デニーのいる場所?」
「そう」
パオロは微妙な顔をして言った。良くわからないが、それなら見てみることにしよう、と思って彼の後につづく。
相変わらず石壁の廊下は陰鬱で、ただでさえ寒いのに心まで冷えそうだ。それでも、ときどきすれ違うひとがいるということは、パオロの仲間たちは本当にここで暮らしているのだろう。
大変だな、と思った。
そんな彼らは、通りすがりざまにパオロを見てから、訳知り顔でわたしを見ていく。反応はひとそれぞれで、いかにも冷やかし顔で見ていくひともいれば、疑わしげな顔をするひともいた。
大抵は若い人たちだったが、たまに中年のひとも混ざる。
男のひとの方が多いのはなんとなく察していたが、女の人もそれなりにいた。
ただ、なんとなく一枚岩という感じはしなくて、やる気に満ちたひともいれば、どことなく後悔しているらしい様子のひともいた。全員、これが犯罪行為だと言うのはきっとわかっているのだろう。
わたしは、彼らを眺めながら、ひとりでもいいからこんなことをするのはやめて欲しいと思った。
やがて、あまり日の差さないような場所につくと、やたらと頑丈そうな扉の前で止まる。
「ここ、本当は簡易の牢として使っていた訳じゃないんだけど、一番壁が厚いからここになったんだ」
「それが何か関係あるの?」
唐突に言ったパオロに、わたしは首を傾げた。彼は答えず、意を決したように鍵を開ける。かなり重い音がして鍵が開くと、中にはルチアやエミーリオが入れられていたような檻が置かれていた。
檻は二重になっていて、大きな檻の中に小さな檻が入れられているという奇妙な状態だった。
その上、内側の檻はかなり傷んでいる。それも、老朽化によって錆びたとかそういう傷み方ではなく、色々な方向に曲がっていたのだ。一瞬驚いたものの、わたしはそこに座り込んでいる人物を見て安堵した。
「デニー! 良かった、無事だったのね」
「……! ロレーヌ様、ロレーヌ様こそよくご無事で」
すぐにわたしに気づくと、彼女は檻に体当たりする勢いでこちらへ来た。いや、ほとんど体当たりしている。その衝撃で、檻が激しく揺れた。
「わたしは大丈夫よ。ちゃんとした部屋で眠ったし、食べるものも貰ってるから……それより、デニーこそ大丈夫なの?」
「私のことなど……ロレーヌ様をお守り出来なかったのです。せめて、なんとしてでもここから脱出し、お迎えに上がろうと思っているのですが、これが中々頑丈でして……もう少しお待ちください。あと少しでこれを破壊するコツをつかみます」
「は、破壊?」
わたしは彼女の言葉の内容が良く分からず、デニスの檻を見てからパオロを見た。彼はあさっての方向を見ながら、
「これでわかっただろ?」
と答えた。
その様子は、目が合ったら殺されると思っているかのように引きつっている。確かに、今のデニスは手負いの獣みたいに目がギラつき、髪は乱れ、顔は憔悴して鋭さが増しましているので、気持ちがわからないことはない。
けれど、外見的恐怖だけでここまでの反応をするものなのだろうか、と疑問に思っていると、デニスが掠れた声で言った。
「少し離れてください。破壊を試みますので」
「え、え、ちょっとデニー?」
何をする気なのだ、と聞く前に、パオロが焦ったようにわたしの肩をつかんで後ろに下がらせる。
そのすぐ後、とんでもない音がした。
先ほどの揺れなどとは比較にならないほどの音を立て、檻が激しく揺れる。それが何度か繰り返され、わたしは思わず耳をふさいだほどだ。そうしていないと耳がおかしくなりそうだ。
「……く、まだまだか」
デニスの声がし、耳をつんざくような音は止まった。わたしは呆然とデニスを見つめ、彼女が何をしたのか思い出そうとした。
確か、頭突きとかタックルみたいなこととか、どこかから取り出した何かで殴ったりとか、色々やっていたような気がする。つまり、あちこちにある鉄の棒が曲がった部分は、全て彼女の仕業、ということだ。
――す、凄い……。人間離れしてるけど。
「申し訳ありません、ロレーヌ様。もうしばらくかかりそうです」
「あ、あの……あんまり無理しないで」
しばらくもなにも、檻を破壊する前にデニスが壊れてしまいそうだ。わたしは引きつりつつ、どうにかしてやめさせなければと思い、どうしたらいいだろうかと考えた。
「いいえ、この程度何ともありません。ご心配なさらないで下さい、私は丈夫なのが取り柄なので……」
丈夫といっても限度がある気がするんですけど。
そう思いつつ、デニスの様子を見ると本当に堪えているようには見えない。なんでなんだろうと思ったものの、わたしは言った。
「それは無理よ。気持ちはわかるし、嬉しいけれど、こうなったのはわたしのせいだわ。あの時デニーの言う通りにしていれば、こんなことさせなくて済んだのに……」
それは、デニスに会ったらずっと言おうと思っていたことだ。
こうなってから、わたしだって別に何も考えなかった訳ではない。それはもう、頭が爆発しそうなくらい考えた。結論としては、わたしたちに今出来ることはほとんどないということだった。
そして、こうなったのも全て、あの時パオロを信じたわたしの判断が間違っていたせいなのだ。
「ごめんなさい、わたしなんかについて来たばっかりに……。もうわたしは自分の判断力は信じないことにするわ」
「ロレーヌ様、それは違います! こうなったのは私が油断していたからで……」
「罠だったのに、どうにか出来たとは思えないわ。わたしがパオロなんか信じたからいけなかったの」
「……おい、それは聞き捨てならないぞ」
後ろから抗議の声が聞こえた。




