(44) 良く会いますね
「わかったよ。でも、どこに行くにも必ず俺が付き添う。そうじゃなければ連れ出せないからな」
逃げられる心配でもしているらしい。自分で言うのも何だが、そんなこと可能ならもうしている。転生したのに運動能力も脳みその出来もたいして変わりないからわかる。
逃げられる訳がない。
わたしは自嘲気味に言った。
「いつもの外出と同じってことね。ここしばらくはずっと誰かがついていたから」
「そっか、そういえば俺も少し前まで従僕だったもんな。それでは、行きましょうか、お嬢様」
服装こそ下町の人々のものだが、まるでお仕着せを着ているかのような洗練された仕草で言うパオロ。わたしは複雑な気持ちでそれに答えた。
「案内、お願いね」
◇
部屋の外に出ると、まずはやたらと階段を降りることとなった。転ばないようパオロが気を付けてと言うのを聞きつつ、周囲を良く見る。最初は地下にでも行くのかと思ったが、それらしい場所でパオロがランプを手にするのを見て、微妙に不安になって来たわたしは、立ち止まって訊ねた。
「ねえ、これってどこまで続くの?」
もはや建物ですらない、大きな岩盤を掘って作ったらしき通路が先に続いている。
そもそも、わたしは一体どこに連れてこられたのかすらわからないのだ。ましてや、こんな場所が王都にあるなんて、思いもしなかった。
「知らないのか、この下は空洞になってるんだ。何でも、昔の王族の脱出経路だったらしいぞ」
「そ、そうなんだ。あれ、でも王宮の場所って……」
微妙な違和感を覚え、つぶやくように言う。それは一年前の社交の季節。わたしは正式に社交界の一員となったのだが、その際に王宮へ出向いて国王陛下や王妃様、王太子様、王女様にご挨拶した。だから王宮への道は知っている。
けれど、ここへ来るときに見た景色は王宮へ向かうものじゃなかったと思うのだが……。
「ああ、昔のお城さ。今のは後で建てられたものなんだ。それに、ここを最初に治めていたのは今の王族じゃないらしいよ。俺も良くは知らないんたけど、仲間に学者がいてそう言ってた」
「へぇ~」
そういえば、かつて歴史を学んだ時にそんなような話が出てきていた。覚えることがあまり得意ではないので、そんなにしっかり知っている訳ではないのだが。
「俺たちにはちょっと実感わかないけど、大陸って大変なんだなぁと思ったよ」
「そうだね」
日本のことを思い出し、わたしは頷いた。
やがて、向かう先にぼんやりとした明かりが見える。出口なのだろうか、と思って良く見るが、道はまだつづいていた。
首を少し傾げつつも進むと、壁にあるものを発見し、思わず言ってしまう。
「これ、電気?」
壁にぽつり、ぽつりと取り付けられているものは、明らかに電球だ。この世界に生まれて初めて見た。向こうでは当たり前だったものが、この世界にないのは当然だったので、とんでもなくびっくりする。
「そう。自家発電出来る装置とか作る奴が仲間にいるんだ。俺にはさっぱりだけど、こっちでも発電できるらしいよ。まあ、ちょっと周囲を照らすだけだけど」
それだけでも驚きだ。
わたしはここに集まっている記憶持ちの人々に興味がわいてきてしまった。今まで、残った資料などを読むしか知ることはなかった人々。そんな彼らが、ここにはいるのか。
などと考えていると、パオロはまたしても暗い方に向かう。
「……ねぇ、一体どこにいるの?」
運動不足感が否めない足がやや疲れてきてわたしは問うた。
しかも、この光景から連想されるのって、地下牢とかそういうじめじめした不潔な場所だ。本当にルチアは大丈夫なんだろうか。
「一応、さっき言った昔のお城の中だよ」
「えっ! じゃあまさか……地下牢に?」
「いや、流石にそんなとこには置いとけないよ。大切な人質だし、それに……」
パオロは何かを言おうとしてやめた。わたしは聞こうと思ったが、その前に階段が出現した。今度は上に行くものだ。この先にルチアがいるのだ。
わたしは黙ったままパオロに続いた。
やがて、階段を上り切ると頭上に光が見え、ついほっ、と息をつく。次いで視界に広がったのは、朽ちた石造りの建物だった。使える部分もあるけれど、結構あちこちガタが来ている。
何とも薄暗い廊下をさらに行くと、パオロはある扉の前に立つ青年に声を掛けた。
「よう」
「おう、あれ、もしかしてその子……?」
「ああ」
パオロが頷くと、どこかくたびれた感じのその青年はわたしを生ぬるい目で見た。なんとなく言いたいことはわかる気がするので、あんまり見ないで欲しい。
きっと絶対確実にばっちり失望しているんだろう。
「ええと、会いに来たんだよね。ちょっと待ってて」
青年は扉をさっさと開けた。わたしは鍵がかかっていなかったことに驚いたが、中へ入るとすぐに納得した。その部屋には、人を閉じ込める金属製の檻みたいなものがいくつも並んでいたのだ。
わたしはすぐにルチアを探した。
――が。
「……アレ」
その檻のうちのひとつにいる人物を見て、思わず声を漏らす。なんだろう、すごく見たことのある男性がいるよ。しかも、あんまり会いたくなかった感じの人が。
すると、そちらもわたしに気づいたらしい。
大きく目を見開いて、眉間に皺を寄せ、頭を左右に振ってそれでも消えないわたしをもう一度凝視して、言った。
「おかしいな、夢でも見ているのか」
そうつぶやいた青年は、ゆっくりと体を起こす。すると、立ち止まったわたしを不審に思ったらしいパオロが言った。
「どうかしたのか、ロレーヌ」
その声に答えたのは、わたしじゃなかった。
「やっぱり、ロレーヌ嬢! ロレーヌ・バルクール嬢だ……どうしてここに?」
「……知り合いか?」
わたしはどう答えるべきか迷ったものの、頷いた。なぜなら、そこにいたのは知り合いと言えば知り合いだったからだ。わたしはため息をつきつつ、言った。
「ええと、まあ知り合いと言えば知り合いかな。それで、カルデラーラ中佐こそ、どうしてここにいるんですか?」