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面食いで何が悪い

 それは、どこかで見た話のような出来事だった。


 日本にて、若くして運悪く病気になり、わたしは死んだ。そして地球ではない別の世界に転生したらしいのだが、どういう訳か記憶がうっすら残っていたのだ。

 普通、前世の記憶というのは次の生の妨げになる可能性もあるので、完全とまではいかなくとも消されるはずだ。けれど、言語などを除いて、好きだった事や物、自分の性格などについての記憶が残っていたのである。

 当然、理由を知りたくてあれこれ聞いたし、文献も読める範囲で読んでみた。


 その結果、わたしが転生した場所というのは、魂の記憶が完全に消されにくい組成をしているのだそうだ。なので、似たような記憶保持者が周囲にもたまにいる。


 そんなファンタジーなことあるか、と思いつつ、記憶を持ったまま産まれてしまったものは仕方が無い。何とか生きて、そこそこ幸せな人生を送ろうと決めた。


 という訳で、わたしは日々をそれなりに生きてきた。


 嬉しい事に厳しい寒村に生まれ落ちたり奴隷の身分に生まれたりすることもなく、とんでもない能力があって戦いの日々に身を投じなければならないという事態にも陥らずに済む家庭に生まれることが出来たので、その場所に置いての常識にのっとってそれなりに頑張ってやっていれば、程度の差こそあれ報われる訳だ。


 わたしが生まれた家。まあ、有り体に言えば下級の貴族の家だ。


 どこか欧州に似たこの世界のこの国には、そういう階級が当然のように存在していた。まあ、一種のパラレルワールドなのだろうなと勝手に解釈している。もちろん、知識が貧困なので間違っている可能性が高い。

 だからといって、別に何も困りはしない。


 わたしの生まれた家は、バルクール男爵家という。収入はそこそこ、父は凡庸な男で、のんびり領地を管理しては時々釣りをして過ごすようなひと。ただし、母親は違った。他国の貴族の娘で、父のどこが良かったのか、追いかけて無理矢理に結婚したという女傑だ。しかも美人。

 その母の血を受け継いだ兄は非常に美しく、令嬢たちの引く手数多で、何かの集まりの際には疲労困憊してやさぐれる。

 わたしにとっては優しい大切な兄だ。


 そしてわたし。容姿は父親に似てそこそこ。不美人ではないし、着飾ればそれなりに見栄えもする。残っていた記憶のせいで、ちょっと人とは違う考え方をするけれど、まあ、とりあえず平凡さが売りの十八歳だ。唯一自慢出来るのは、髪の色と目の色で、母譲りのきれいなはちみつ色だ。


 そんなわたしも、これから何とか結婚相手を見つけなければならない。お貴族様に生まれた女は、労働を許されていないので、旦那に一生を養ってもらうしかないからだ。

 でなければ兄と将来の義姉に迷惑をかけることになる。


 なので、母の妹、つまりおばとその娘に金魚のフンよろしくくっついて、社交の場へと顔を出すのがここ数年の大イベントだった。そんな訳で、今もそういった集まりに参加していると言う訳だ。


 さて、ここからが本題。

 今、わたしの目の前に、見目麗しい男性が立っている。

 彼は何やらわたしを呼びとめ、話があるからと庭園の四阿に連れてきたのだが、先ほどから中々言いだそうとしないのである。

 いいかげんにしびれを切らしてわたしは訊ねた。


「あの~、お話って一体何なんでしょうか?」

「あ、申し訳ない、少し考えをまとめているので、待っていて欲しい」

「……はあ」


 彼は何を言いたいのだろうか。わたしにはわかりかねる。

 相変わらず、小声で「いや」とか「ふむ」とつぶやく以外動きを見せない。

 仕方ないので、ぼんやりと庭園に目をやる。綺麗だな、と素直に思う。今わたしが招かれている屋敷は侯爵家の荘園で、狩りのためだけに作られたものだった。


 わたしは今侯爵家に招かれた客のひとりだ。今夜は舞踏会が開かれる予定である。とはいえ、その時間まではまだかなりあり、支度するにしても余裕があるので侯爵の所有する広大な庭園を散策していたのだ。そこで、彼につかまったと言う訳だ。


 彼――確か名前をジェレミア・カスタルディと言ったと思う。侯爵家の長子で、次期当主。やや長めの黒い髪に、青い瞳をした精悍な美男子である。今回コネを駆使してお招きにムリヤリ自分の名前をねじこんだお嬢様たちが何とかして射落とさんと狙いを定めている男性のひとりだ。


 財力、容姿ともに優れており、わたしも遠くから観賞対象としてじろじろと眺めてきた。


 転生前のわたしは、いわゆるアイドルが好きだった。

 それほど熱心な追いかけという訳ではなかったし、テレビで見たり、曲が聞ければ満足だったのだが、それでも彼らを見ていると何となく楽しい気持ちになれた。


 アイドルだけでなく、イケメン俳優たちも好きだった。彼らの活躍に目を輝かせながら、日々病気と闘っていたのだ。彼らの見せる夢がわたしの支えとなっていた。

 世の中にはあんなに綺麗なものがある、それが見られただけで、生きていて良かったと思えた。


 こちらに来てからもその観賞熱は冷めることなく、社交界のイケメンを見つけては、友人たちとあの方素適よね、あちらの方はああいうタイプなのかしら、彼らはどんな女性が好きなのかしらなどとキャイキャイ言って楽しんだものだ。

 当然、観劇も大好きだ。いや、一番の趣味といって良いかもしれない。


 何しろ、海外俳優張りのイケメンが結構な確率でごろごろしているのである。

 実に楽しい毎日だった。

 当然、結婚相手として見ている訳ではない。そんなのはおこがましいと考えていた。


 やがて、ようやくジェレミアが口を開いた。

 彼の口から飛び出したのはびっくりする言葉だった。


「今夜、どうか私とだけ踊って頂きたい!」


 え?


 わたしは一瞬耳を疑った。突然のことに頭が混乱する。思わず口からこぼしたのは、次のようなセリフだった。


「……あの、それは構いませんけど、またどうしてわたしなのですか。何だか納得がいきません。そもそもあんまり話したこともないですし、容姿は平平凡凡ですし、他にもたくさん綺麗なお花が咲いているのにどうしてまた……???」


 ぐだぐだと長ったらしい返事を返すと、彼、ジェレミアはしばし沈黙した。それから、ようやくわたしの長台詞が飲み込めたのか訊ね返して来た。


「ええと、それは肯定と受け取っても?」

「ええ、断る理由が皆無ですから。ですけれど、やっぱり不思議です」

「不思議でも何でも良いのなら良かった! ありがとう、よろしくお願いしますよ」


 素敵爆発な笑顔に、わたしの美点感覚が刺激された。うわあ、何と言う破壊力。思わず目まいがしそうになるが、ここはこらえろ、こらえるんだわたし。折角至近距離で観察出来る機会が訪れたんじゃないか。倒れてたまるか、目前に〇リウッドスター張りのイケメンがいるんだ。しっかりしろ。

 ああ、写メ撮りたかった!

 しかしこの世界には残念ながらそのような類のモノはない。

 わたしは何とか返事を返した。


「う……はい」

「では、早速私と対等に踊って頂けるようにレッスンを致しましょうか」

「え……?」


「私と踊るのですから、適当に踊られては困ります。私の品性が下がりかねませんからね。

 いや、良かったですよ。気位の高そうな令嬢たちではこのようなことは頼めませんからね。ぜひ、この集まりが終わるまでの間、私の相手役を務めて頂きたいと思います。

 ああ、謝礼もいたしますよ?

 何か宝石でもお送りしましょう、それともドレスが良いでしょうかね。まあ、それは好きに決めて頂いて結構ですよ。

 おや、何か変なお顔をされていらっしゃいますね。

 そうか、肝心なことを言い忘れていました。

 では、順を追ってご説明いたします。

 私は自分がご令嬢方に良い結婚相手として見られていることは知っています。ですが、正直まだそんな気にはなれないのですよ。そこで、彼女たちには今夜、私が貴女とだけ踊ることで、私の注意が貴女にだけ向いているように見せかけたいのです。

 こんなことを頼めるのは、あまり評判のよろしくない令嬢か未亡人の方が向いているとは思うのですが、何しろ、私は主人(ホスト)側の人間ですから、そうした方々とばかり懇意にしていたら色々と不味い訳です。こちらが招いているのに、そんな方ばかり相手にしていたらどう思われることか、すぐおわかりになるでしょう。

 ですが、貴女ならば影は薄いですし、目立ちませんし、地味ですし、従順そうですし、話も理解して下さりそうでしたし、出自にも何も問題はありません……と言う理由からお願いした訳です。

 あの、もしかしてお嫌でしたでしょうか?」


 勝手な理由を怒涛の勢いで説明した彼は、子犬のような(陳腐)顔で問いかけてきた。その顔の前に、わたしの反抗心は砕け散った。

 さっきはそんなこと言っていなかっただろう、とか、そんな計画あるならそっちから話せとか、失礼なことを言いすぎだとか、どうして引き受けると決めてかかっているのか、などなど、疑問だらけではあったものの、イケメンスマイルの破壊力の前に、わたしは敗北するしかなかった。


 くそ、わたしの面食いめ……。


「いえ、引き受けた以上は頑張りマス」


 ついでにその顔ガン見して穴を開けてくれる。わたしはこっそりとそう誓った。


 かくして、わたしは彼の相手役を務める羽目に陥ったのであった。



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