何事にも終わりが来る…
皆さまお久しぶりでございます!今回は短めですが、ようやく玉藻編のクライマックスです。どうぞお楽しみくださいませ!
「なんで…、生きてるん、ですか?」
そんなたまちゃんの困惑している声ではっとする。
しくじった。折角あの遥人が男を見せて良い雰囲気なので私の出る幕は無いと思って静観してたのだがうっかり馬鹿を言った遥人をぶん殴りに出てきてしまった。
「色々あったのよ。さて…、たまちゃん。やっと話しができる状態になったようね」
色々と気まずいが呆然としている今回の元凶の方へと振り向き、自分としての想いを伝えることにする。ぶん殴られた馬鹿曰く、彼らを裁く権利は私にあるとの事だが…、あの馬鹿はまたそんなことを言っている。だからバカなのだ。無神経なのだ。言葉が足りないのだ。鳥頭なのだ。
やるせない気持ちでどう罰を与えれば良いのか自分でも分からないのに。やったとしても私の心が晴れる訳じゃないのに。それでも望むだなんて非道い男だ。
(まあ、あいつなりに頑張ったんだ。元カノのサービスとして少し位は融通をつけなきゃだしね)
「私、今結構頭に来ているんだけどなんで会社の男共をジジイにしたの?それと町ひとつ燃やして何がしたかったわけ?」
あくまで淡々と。責めるような口調では出る言葉も出ないだろうし、何より玉藻自身の言葉が聞きたいわけで。
「…………」
目を合わそうとするとあからさまに顔をそらして口を閉ざす。
「黙ってちゃ分からないよ。さっき時間が無いとか聞いたけど喋んなくて良いの?」
「…なんで、貴女は、先輩はそうなんですか…?私が憎くないんですか?辛くないんですか?」
絞り出したようなか弱い声は単なる疑問ではなく何処と無く責めるようなニュアンスを感じた。
「質問に質問で返されるとはね。聞いてるのは私よ?後そんなつまんないこと聞かないで。聞いたところで胸糞悪い答えしか返せないわよ」
思わず睨む。辛いしムカつくに決まっている。だれが自分の男を寝取った女に好感持つか。
「ふふっ…そう、ですね。始めは、貴女に嫌って貰うためでした。いいえ、そのように演じていました。最低な事をして振る舞えば先輩は怒ってくれるでしょう?」
遥人とおんなじ考えかよ。何、自分が悪役系が流行りなの?
「でも、先輩は無関心そうに聞き流したり、あまつさえ相談にのるとか、なんなんですか?こんなの嫌われるより惨めじゃないですか。まるで、遥人さんが大切じゃないみたいじゃないですか…」
本当に、似た者同士で気が合うというかなんというか。頭が痛くなるくらい不器用ね!
「で、反応が薄かったからエスカレートしていったわけ?そんなに私の傷口に塩を塗りたかったの?」
ため息が出る。というか悪意があんまりないぶんきっついなあ。まともな倫理観なのになんでそうなるの。ストレス溜めさせないでほしいなー。
「ええ。だって先輩のことは尊敬していましたけど、それと同じくらい憎かったんです。とっくに知ってるんですよ?孤立してでも貴女に怒ってもらおうと思ってやってたのに…、そんな最低な事をしようとした私を貴女は必死に庇ってくれた!!」
「あ、バレてた?知ってたなら行動改めるとか感謝くらいはして欲しかったな~?」
さらりと受け流す事にする。別に良いじゃない。私が勝手にしたことですし。
「なんなんですか!?同情ですか!!それとも憐れみですか!?貴女に怒ってもらいたかったのに助けられてると知ったときどれ程自分が惨めで恥ずかしくて悔しかったか!!?一言でも影口でも言ってくれた方がまだマシで…」
パンッ!
流石に堪忍袋の尾が切れ、玉藻の頬を叩いてしまった。
「いい加減甘ったれたこと言わないでよ。自分勝手にも程があるわよ?本当はさっきまで、たまちゃんに会ったら出会い頭にビンタかましてやろうと思ってたんだけどね?遥人がそれに気づいて、気を利かして自分が殴られることでチャラにしようとしてたのよ?あのにぶちんの遥人がよ?折角、それを汲んで止めとこうと思ったけど、貴女にムカついてムカついてつい手が出たわ。けど、謝らないから」
呆然と張られた頬を押さえて私を見る。そりゃそうだ。今のいままで私は、こうして対面してたまちゃんに叱りはしたものの手をあげたりキレた事なんてさっきの鎖位しかなかったのだ。
「結局、貴女の自分可愛さじゃない。心配して損した。助けて損した。話そうとして損した。あいつを貴女に託して、損した」
私の勝手な期待もあったのだろう。そして、自分で勝手に裏切られた気分になっているだけなのだろう。自分勝手は私かも知れない。それでも言葉を交わす度に失望や後悔がどんどん溢れてくる。こんな女に渡すんじゃなかった、と。諦めないで奪い返せばよかった、と。目の前の玉藻を今は後輩としてではなく一人の女としてきつく睨んでしまっている。もう、先輩ぶるのも疲れた。
「遥人は大切だったよ。でもね?今更、あいつを大切にしようと、それはもう、届かないの…。もう終わってしまったし、無駄なことなんだよ。それに今、あいつを一番大切にしないといけないのは誰か分かってる?」
そこでようやくはっとした表情で私を見るたまちゃん。よし、 分かっているじゃないか。
「それを、遥人に伝えてあげたら?あいつ、逃げないって宣言したんだ。どんな悩みでもあいつは今度こそ逃げないんじゃない?苦しんで、もがいてでも向き合ってくれるんじゃない?それに、あいつ、玉藻が気づいてないだけかもしんないけどあいつなりに気遣ってたし貴女を守ってたんだよ?」
以前階段を降りていた玉藻を階段から突き落とそうとした女性社員に声を掛けて回避させたり、朝早くから出勤して玉藻に対しての嫌がらせが無いかチェックしていたし。
「それとこの前の答え、言っとくね?遥人を取られて怒ってないかって話を振ってくれたの、覚えてる?」
「は、い…」
「うん。その答えね。怒ってるに決まってるでしょ?寝とられた訳ですし。人前でいちゃついた挙げ句他の男を取っ替え引っ替えしてたし。でもね、これは私の個人的な我が儘だけどさ」
玉藻の胸ぐらを掴んで、泣きそうな声で言う。伝えたかった精一杯の、私から送る言葉だ。
「私の愛した男くらい私より幸せにしてよ!!…お願い、だから…」
惨めで恥ずかしくて悔しいのは私だ。奪われた私の方だ。なのに二人とも被害者みたいな面しちゃってろくに憎めも、笑い飛ばせも、酒の肴にもなりゃしない。奪ったのならそれなりに幸せになってほしい。笑っていればいい。仲睦まじくしてればいい。お互いがお互いに、
「貴女が受け入れたんならちゃんと遥人を、愛してよ…。大事にしてよ」
想いあって、今度こそ他人が入り込む隙間なんて作らないでほしい。私がしたいと思ってももうできないから。
「でも、私、にせ者だから…」
「偽者だろうがなんだろうが好きなんでしょ!!愛してるんでしょ!!なら関係ない!!くそくらえだ!幸せに出来ないなら返せ!!返せないならあいつをだれよりも幸せにしてやってよ!!」
ともすれば自分には遥人を愛する権利なんてないともとれるような事を言った玉藻に対して食って掛かる。最早先輩としての威厳なんてないエゴイズム満載の叫びだ。
「…はい!先輩、ありがとうございました!」
そう言った玉藻の表情は目尻に涙をためながらも久しぶりに見る彼女らしい柔らかな笑顔で毅然と答えてくれた。
(ああ、そっか。そうか。私、憎いとかじゃなくてただ、後ろめたかっただけなんだ。だから怒られてせめて正当性が欲しかっただけなんだ…。しょうがない)
「良いよ。体、返してあげる」
不意に目を閉じて玉藻が呟くと、朝靄のような白い霧みたいなものが玉藻の体へと吸い込まれていく。
(本当に、良いの?)
(何?返したら今度はそんなこと言うわけ?返してほしかったんでしょ?)
(あんなに嫌がってたのに…)
(もう分かったからよ。私が生まれた意味が。でもそれをするのは貴女よ?それに私は消えるわけじゃないから。寝るだけよ。もし、次に貴女が自分で選ぶことを放棄したら今度こそ私が体を貰うから)
(…うん!!分かった!もう、大丈夫…、とは言えないけど、でも!先輩にお願いされちゃったし、それに私もそうしたいから頑張るよ!挫けそうなときは遥人さんや他の人にも頼ってみるから。安心して)
(さい先から随分不安なこと言うわね。バシッと決めなさいよ。まあ、良しということにしといてあげるわ。それにもう、眠いし寝るわ。それじゃあね?私)
(おやすみなさい。良い夢を。私)
霧が全部吸い込まれた後、再び目を開けた玉藻はどこか晴れ晴れとした表情で胸ぐらを掴んでいた私の手を優しく包んだ。
「先輩、流石にちょっと苦しいです…」
「あ、うん…」
服を離すと少しよろけながらもすぐさましゃんとして私を見る。
「先輩。私、もう逃げません。ちゃんと自分で歩いていきます…。私、幸せになってみせます。幸せにしてみせます!」
ようやく、答えが聞けた。本当に、終わったのだ。
「そう。それは良かった」
私は、それしか言えなかった。