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花嫁の席まで、幼馴染ですか?

作者: 歩人
掲載日:2026/11/02

 取り皿の縁が、フィオルナの手に冷たく食い込んでいた。

「君はもう身内なんだから、客を先にしてくれないか」

 婚約者の隣には、今日もヘルミナが座っている。

 フィオルナは引きかけた椅子を戻した。自分の前に置いてあった皿を、ベルトルトが幼馴染のほうへ滑らせたからだ。

 明日は二人の婚約を祝う晩餐だった。今夜は支度を確かめるだけの、内輪の食事のはずだった。

「私は、どこへ座りましょう」

「先に肉を切り分けてもらえるかな。君がいちばん上手だろう」

 卓の奥には空いた椅子がある。座れないわけではない。ただ、そこへ回るたび、二人の思い出話が遠くなった。

 ヘルミナが皿を押さえ、小さく首を傾げた。

「皆様のお皿をお取りするの、お好きでしたわよね?」

「ええ。けれど、私も温かいうちに食べたいのです」

「冷たいことを言わないでくれよ。ヘルミナが客として遠慮してしまう」

 ベルトルトは困ったように笑った。

 最初に隣を譲った日は、ヘルミナが久しぶりに帰ってきた日だった。積もる話もあるだろうと、フィオルナから申し出た。それから、訪ねるたびに同じ席へ座るようになった。

 肉を分けているうちに、二人しか知らない子供時代の笑い話が終わる。ようやく座ると、次に出す菓子のことを頼まれる。

 今夜も侍女は壁際で待っていた。給仕もいる。それでも差し出されるのは、フィオルナへの皿だった。

「ヘルミナ様のお話を聞くのは構いません。私もご一緒したいのです」

「君には分からない話もあるだろう。退屈させたくないんだよ」

 今も退屈ではない。寂しいのだ。

 足の裏がじりじりと痛かった。座るために曲げた膝を伸ばすと、裾が脛にまとわりつく。

「明日は、お隣に座りたいです。私たちのお祝いですから」

「分かっているよ。明日のことは明日でいいだろう」

 彼が新しい皿を差し出した。

 フィオルナは受け取る前に、待っていた給仕へ目を向けた。給仕が進み出て皿を引き取る。

 奥の椅子へ座った時には、肉の脂が白くなりかけていた。


 帰る前、廊下で手袋を直すと、指に残った皿の跡が少し痛んだ。

 客への手紙を侍従へ渡していた侯爵ゲオルクが、こちらへ歩いてくる。食事の間は別室にいた主催者へ、フィオルナは裾をつまんで挨拶した。

「明日は大勢になりますね。支度は足りているでしょうか」

「ええ。お手数をおかけします」

「二人の祝いです。あなたの望みも遠慮なく聞かせてください」

 ゲオルクの後ろで、給仕が菓子の残った皿を運んでいった。蜜を塗った小さな焼き菓子だった。

 婚約が決まった日にも、同じ菓子が出た。

 あの日、ベルトルトは大きいほうをフィオルナへ渡してくれた。半分に割る時に蜜が指へついて、二人で布を取り合った。彼の手の温かさまで思い出せる。

 廊下の冷気が手袋の縫い目から入ってきた。

 同じ卓で笑ったことはあった。だから明日もそうしたいと、まだ彼に望んでいた。

「ありがとうございます。ベルトルト様とお話ししてみます」

 ゲオルクは頷いた。フィオルナは侍女と並び、待たせてある馬車へ向かった。




 屋敷へ帰ると、フィオルナは靴を脱ぐ前に寝台の縁へ腰を下ろした。足を床から少し浮かせるだけで、つま先の窮屈さがほどける。

 母のロスヴィータが、翌日の髪飾りを持って入ってきた。

「疲れたのね。明日はもっと長いわよ」

「お母様。明日は立ったままでいたくありません」

 髪飾りを置く母の手が止まった。

 フィオルナは今夜の食卓のことを話した。隣を譲ったことも、温かいうちに食べたいと頼んだことも。

 皿を持つ形に指を曲げてしまい、両手を膝へ戻した。

「お客様のために働くのが嫌になったわけではないのです。私も一緒に食べたいだけで」

「それは、ベルトルト様にも申し上げたの?」

「はい。明日は隣に座りたいと」

「それなら明日を待ちましょう。今夜だけでは分からないわ」

 母は隣へ座り、フィオルナの手の甲を撫でた。幼い頃、転んで泣いた時と同じ手つきだった。

「でも、もし明日もヘルミナ様がいらしたら」

「お祝いの席で揉めてはいけません」

 撫でていた指が、そのまま手の甲を包んだ。

「あなたが悪くなくても、破談になれば何を言われるか分からないのよ。侯爵家へ嫁ぐのを楽しみにしていたでしょう」

 フィオルナは頷きかけた。

 新しい屋敷へ持っていく食器も選んでいた。ベルトルトは薄い杯を好む。自分は持ち手の大きい茶碗が好きだった。食器棚に並べるところまで想像していた。

「宴の間だけ、丸く収めてちょうだい」

「その後は、座れるでしょうか」

 母の指が動かなくなった。

「結婚すれば二人の時間も増えるわ。今は長いお付き合いの方を大切になさっているだけでしょう」

「私も大切にしていただきたいです」

 口にしてから、手をほどいてしまいそうになった。これ以上言えば、母まで困らせる。

 けれど膝の上にある手は、母に撫でてもらえても痛かった。

「ヘルミナ様と争いたいのではありません。隣に座って、同じ料理を食べたいです。あの方のお話も一緒に聞けるなら、それでいいのです」

 母は髪飾りを取り上げた。

「明日はこれを着けましょう。私もそばにいるわ」

 フィオルナは飾りの端に触れた。自分で選んだ小さな真珠が、爪の下でつるりと滑る。

 明日は祝いの日だ。

 着けた姿を見て、彼が隣へ招いてくれたら。そう願うことまで、今夜やめてしまいたくはなかった。




 翌昼、椅子の背を握る手に木の節が当たった。

「そちらを持っていただけますか」

「もちろん。……待って、僕の持ち方が悪いな」

 ラグゼルが椅子を傾け直す。フィオルナは脚が自分の裾へ引っ掛かっているのに気づいた。

「私の裾です。少し戻していただければ」

「二人とも動けなかったわけだね」

 フィオルナは笑い、空いた手で裾をよけた。

 伯爵家で手伝っている慈善市には、母も付き添っていた。ロスヴィータは奥の台で売上の袋を受け取っている。隣家の子爵ラグゼルとは、前にもここで荷を運んだ。

 杖を持った客が出店の前で立ち止まっていた。買物籠を腕へ掛け直し、空いた手で膝をさする。

 フィオルナは椅子を出店の横へ寄せた。ラグゼルが脚のぐらつきを確かめる。

 腰を下ろした客は籠を足元へ置き、布の見本をゆっくり広げた。さっきは畳んだまま戻しかけていた布だ。

「この向きなら通り道も空きますね」

「僕もそこへ置けばよかったな。さっきは荷物を置くのに借りていたよ」

 積んであった空の箱をラグゼルが持ち上げた。

 次の出店でも頼まれて、紐を結び、箱を運んだ。台の端が子供の通り道へ張り出していたので二人で押し込む。揃って力を入れすぎ、台が思ったより動いて顔を見合わせた。

「今のは半分の力でよかったですね」

「君と一緒ならそうらしい。僕一人のつもりで押してしまったよ」

 手のひらには木のざらつきが残っていた。でも一人で持ち続ける重さではなかった。

 出店者が差入れの菓子を紙包みごと渡してきた。ラグゼルは箱を抱えた腕で受け、肘で押さえようとした。

「そちらもお持ちしましょうか」

「ありがとう。これだけ先に——」

 彼が包みを持ち直すと、菓子が一つこぼれた。土の上で小さく跳ねる。

 ラグゼルは箱を置き、菓子へ手を伸ばした。

「ラグゼル様。それはおやめになったほうが」

「……今のは見なかったことにできるかな」

 伸ばした手が菓子の上で止まる。

「拾ってしまうお気持ちは分かります」

「君も?」

「でも私は、食べる前には止まります」

 笑いをこらえて答えると、彼は空いた手で額を押さえた。

「そこまで考えていたのが分かってしまったんだね」

 フィオルナもとうとう笑ってしまった。落ちた菓子は彼が紙に包んで片づけ、残りは台の奥へ預けた。

「お昼まで残っていてほしいな」

「今度は箱と一緒に持たないでくださいね」

「それは君に頼もうかな。好きな味はある?」

 まだ仕事が残っていた。フィオルナは答える前に、運ぶ箱を一つだけ彼へ渡した。

「あとで選んでもいいですか。お腹が空くと気が変わりますから」

「それなら、僕もあとで決めよう」


 片付けが終わる頃には、肩から荷を下ろすたび、腕が少し軽く浮いた。

 出店の脇に残してあった卓へ、手伝いの者たちの昼食が運ばれた。母は近くの席へ座り、侍女が茶の用意を手伝っている。

 ラグゼルが両手の埃を洗って戻ってきた。フィオルナは彼の分の皿にも煮込みを取った。

「僕の皿も運んでくれるかな。そのかわり、お茶は僕が取りに行くよ」

「では、濃すぎないものをお願いします」

「承りました。僕にも何か頼んでくれると助かるな」

 彼はそう言って、茶器のある台へ向かった。

 フィオルナは皿を卓へ並べた。二つ。向かい合わせに。

 席を探す必要がないことに、少し戸惑った。

 ラグゼルが茶を置き、自分も座る。差入れの紙包みを開くと、蜜の菓子と木の実を混ぜた菓子が入っていた。

「身内に頼むみたいで、楽をしてしまったね」

 茶碗を持ったフィオルナの指が止まった。

 彼の前には自分が運んだ皿がある。自分の前には彼が淹れた茶がある。どちらも座ったまま手が届いた。

「お茶を運んでくださったでしょう」

「皿を落とさずに運べたほうが偉いんじゃないかな」

「では、もう一つお願いしても?」

 彼がすぐに頷くので、フィオルナは包みのほうを指した。

「木の実のものが食べたいです。でも蜜のほうも気になってしまって」

「半分ずつにしようか。僕もちょうど迷っていたよ」

 蜜の菓子を割った指がべたついた。ラグゼルが布を取ろうとして茶碗へ手をぶつけ、二人で慌てて押さえる。

「菓子を持つと、何か起きるんですね」

「次は君に渡してから動くよ」

 湯気の向こうで笑う彼へ、フィオルナは小さいほうを渡しかけた。

 自分の指にある大きいほうを見た。割るところを間違えたのだ。

「こちらでも構いませんか」

「もちろん。もう一つの大きいほうは僕がもらってもいい?」

 木の実の菓子を彼が割った。今度は彼の手元に大きいほうが残る。

 フィオルナは蜜の菓子を口に入れた。噛むと表面が薄く割れ、舌に甘さが広がった。

「おいしいです」

「うん。落とした分が惜しくなるな」

「まだ諦めていらっしゃらないんですか」

「一口食べるたびに思い出しそうだよ」

 また笑って、煮込みの匙を取った。まだ温かかった。

 母が立つ頃、フィオルナの皿も空になっていた。

 今夜も、こうして食べたい。

 彼女は母とともに馬車へ乗り、礼装の待つ屋敷へ戻った。




 手袋をはめると、昼に木の節を握ったところが少し擦れた。

 フィオルナは髪飾りへ触れ、母と侯爵邸の広間へ入った。

 ベルトルトは食卓に着いていた。その隣でヘルミナが手を振る。彼の反対側は父ゲオルクの席で、まだ誰も座っていない。侯爵本人は広間の入口で客を迎えていた。

 フィオルナのために用意されたはずの椅子には、ヘルミナの淡い色の裾が広がっていた。

「ベルトルト様。今日はお隣に座りたいとお願いしました」

「そうだったね。でも、ほら。ヘルミナを一人にするわけにもいかないだろう」

「ここなら皆様とお話ししやすいでしょう? 私が端に行くと、ベルトルト様にしか分からないお話はできなくなるもの」

 ヘルミナが笑う。長い親しさを確かめるように、彼の袖へ指を添えた。

 フィオルナは一度、母を見た。扇の下でロスヴィータの唇が結ばれる。

 ベルトルトが立ち上がった。迎えに来てくれたのだと、胸が浮いた。

 彼が差し出したのは、食卓へ届いた肉の皿だった。

「先に分けてもらえるかな。君がやってくれると助かるよ」

 反射で受け取ってしまった。手袋の上からも、皿の縁は冷たかった。

 給仕が取り分け用の刃物を差し出す。フィオルナは受け取りかけた手を引いた。

 晩餐へ招かれたラグゼルは、離れた客席にいた。目が合う前に、フィオルナは婚約者へ顔を戻した。

「ベルトルト様。私の席は、どこでしょう」

「だから、ヘルミナは客なんだよ。君はもう身内だろう」

 昨日と同じ声だった。

 ゲオルクが客迎えから戻ってきた。こちらを見て足を止める。

 フィオルナは給仕へ皿を渡した。

 空いた両手を重ねる。膝の上へ置くはずだった手は、ずっと胸の下にあった。

「では、身内になるのをやめます」

 向かいの客が杯を下ろした。母の扇が開いた形で止まる。

「何を言っているんだ。椅子なら足せばいいだろう」

「今日は隣に座りたいと申し上げました。昨日も」

「今から座ればいい。ヘルミナ、少し寄って」

 ベルトルトが近くの空いた椅子を引く。ヘルミナの裾をかばうために屈み、その横へ押し込んだ。

 皿の置き場が狭くなった。けれど座れる。母が何か言おうと扇を閉じた。

 フィオルナは椅子を見た。昨日までなら、引いてくれたことに礼を言った。

「私は、その席をお願いしていたのではありません」

「では、どうすればいいんだよ」

 困った顔をしていた。あの菓子を分け合った時と同じ人だ。彼の隣で笑えた日を、自分まで嘘にしなくていい。

 それでも、ここへ座れば明日からも彼に譲り続ける。

 自分も一緒に食べたいと言うたびに、我慢してほしいと頼まれるのだ。

「あなたと結婚して、ずっと今のように笑っているのは嫌です。婚約を解消してください」

 喉が狭くなった。最後まで言うと、耳の中で自分の鼓動が強く打った。

 ベルトルトの手は椅子の背に載ったまま動かなかった。

「フィオルナ。祝いを台無しにするつもりか」

 母が一歩寄ってきた。

「お客様の前で決めることでは……」

「昨日も相談しました。ここでお祝いを受けてしまう前に、お伝えしたいです」

 フィオルナは母の顔を見て答えた。閉じた扇の先が、母の手の中でわずかに下がる。

 客の衣擦れがやんだ。その静けさを背に受け、フィオルナはゲオルクへ向き直った。

「侯爵閣下。お招きいただき、ありがとうございました。けれど、この婚約のお祝いを続けることはできません」

 ゲオルクは彼女の前まで来た。

「婚約そのものを終えるというお気持ちですね」

「はい。結婚はしません」

 侯爵が頭を下げた。

「二人の祝いと申し上げながら、このような場にしてしまいました。当家の非です。解消の手続きと費用は私が引き受けます」

「父上、そこまでする話では」

「彼女は結婚しないと言ったのだよ。そこから聞いてあげなさい」

 ベルトルトが口を閉じた。

 ゲオルクは客のほうへ向き直り、婚約披露の中止を詫びた。理由をフィオルナへ尋ね直さず、自分の家の不始末だと告げた。

 乾杯を待っていた杯が、卓へ戻っていく。

「ベルトルト様、私が移れば……」

 ヘルミナが立ちかけた。ベルトルトは袖を引くその手へ顔を向け、すぐにフィオルナを見た。

「フィオルナ。待ってくれないか」

 彼女は礼をして出口へ向かった。足は震えていたが、止めずに歩けた。

 母がそばへ来た。手を取る前に、空になったフィオルナの手を見た。

 扉を出る時に一度だけ振り返ると、足した椅子が通路にはみ出していた。

 ベルトルトはその背を握っている。自分の席にも戻らず、彼女が戻る場所だけを空けていた。


 翌朝、解消の書面へ署名する指は、思ったよりしっかり動いた。

 母が先に文面を読み、フィオルナ自身も確かめた。両家の婚約を終えること。解消に伴う費用は侯爵家が負うこと。

 ゲオルクも署名を済ませ、本人の控えを彼女へ渡した。

「お知らせは当家からも出します。あなた方に非があったとは申しません」

「ありがとうございます」

 フィオルナは紙を受け取った。母も家側の立会いとして署名し、彼女の控えを挟むための表紙を寄せた。

 帰りの馬車で、ロスヴィータがその表紙の角を押さえた。

「昨日は、あなたの手を見ていたの」

 母の指が角から離れる。

「私は髪飾りばかり気にしていたわ。……遅くなって、ごめんなさい」

 フィオルナはすぐに返事ができなかった。母の手へ自分の手を重ね、馬車の揺れがおさまるまでそのままにした。

 膝に置いた控えは、もう婚約を続けるための紙ではなかった。




 菓子皿の重みが、フィオルナの手のひらにやさしく収まった。

 ラグゼルが来る前に、庭の卓へ置いておく。蜜の菓子も木の実の菓子も、二人で食べられるだけ載せた。

 婚約の正式な解消は、母とともに彼にも知らせた。その返事を受け取ってから、今度の茶へは自分から誘った。

 母は少し離れた木陰で刺繍をしている。給仕も控えていた。

 ラグゼルの姿が見えると、フィオルナは卓のそばへ歩み寄った。彼の前へ先に椅子を引く。

「お招きしたのは私ですから」

「ありがとう。でも、座る前に僕からも頼みたいことがあるんだ」

 彼は椅子の背から手を離した。慈善市で荷を運んだ時より、背筋が伸びている。

「君と、恋人として会いたい。友人としてお茶を飲むだけでは、物足りなくなってしまったから」

 フィオルナは返事をしようとして、先に笑ってしまった。

「私もです。ただ、あんなにお腹を空かせているところを見られた方に、今さら……」

「僕は菓子を落としたところを見られているよ」

「拾って食べようとなさいましたね」

「あれは見ないでほしかったな」

 彼がうつむくので、フィオルナは声を立てて笑った。自分の返事をまだ待っている彼へ、一歩近づく。

「お願いします。ラグゼル様。これからも私とお会いください」

「ラグゼル、でいいかな。僕もフィオルナと呼んでいい?」

「はい。では、ラグゼル。今日はおかわりを頼んでもいいですか」

 呼び慣れない名に、頬が熱くなった。ラグゼルも彼女の名を呼び、自分の椅子を引いた。

 二人で腰を下ろすと、椅子の布が膝の裏を柔らかく受け止めた。

 木陰から母が給仕を呼んだ。ラグゼルの手が椅子の背へ移り、フィオルナもつられて膝に力を入れる。

 目が合った。二人とも立ちかけたまま止まる。

「あなたまで、どちらへ?」

「いや。お茶を、と思って」

 フィオルナは彼の袖をそっとつまんだ。

「私と食べていてください。もう少し、お話ししたいです」

 彼は袖を引かれたほうへ座り直した。

「うん。僕も君と食べたかったんだ。……君も座っていてくれるかな」

「はい。今は私もここがいいです」

 膝裏を受け止める布へ、ゆっくり体重を預けた。給仕が茶を置くのを待ち、彼女はラグゼルの皿へ蜜の菓子を載せる。自分の分も取った。

 彼は木の実の菓子を割り、大きいほうを彼女へ差し出しかけて手を止めた。

「今日は半分に割れたと思ったんだけど」

「次は、私に大きいほうをくださいね」

「それなら今回はもらおうかな」

 彼が小さいほうをくれる。フィオルナは口に入れ、香ばしい木の実をゆっくり噛んだ。

 ラグゼルも自分の菓子を食べた。それを見届けてから、彼女はもう一つを頼んだ。

 二人の間で、菓子の皿が空になっていった。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


 ラグゼルが落とした菓子を拾いかけるところで、書いている私まで手を止めました。食べたい気持ちは分かる。でも、それはやめておこう、と。頼まれたものを抱えすぎる人には、荷物を持ってあげるだけでなく、うっかりしたところも笑える相手がいてほしくなります。


 フィオルナの好きな菓子は一つに決めませんでした。招く前にどちらも用意して、相手が来てから一緒に迷う。二人の次のお茶を想像していたら、また違う味も卓へ増やしたくなりました。おかわりのある時間を、これからたくさん過ごしてほしいです。


◇◆◇ 「捨てられ令嬢は最後に笑う」シリーズ ◇◆◇

それぞれ独立した、一話完結の恋愛短編集です。


▼ 公開中

「お前は道具だった」と笑った婚約者が、5年後に物乞いになって戻ってきた件

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