忘れ物
三題噺もどき―はっぴゃくご。
終了のチャイムが鳴り、教師が授業を〆る。
チャイムが鳴り響く中で、今日の簡単なまとめと次までの宿題を告げている。
……それ、やる意味あるか。とまぁ、内心そうは思うが、やらなければ色々と響くものがあるので、適当にしてしまおう。忘れないように、メモだけとっておく。
『起立、礼、ありがとうございました』
いつまでやるのかも分からないこの終了の挨拶と共に、教室中が騒がしくなる。
机の上を片付けながら、元気がいいなぁと感心する。
……次は特に移動の予定もなし、短い休み時間なので私は大人しく机に座っている。ホントは、あの子の教室に行きたいけれど、あちらは移動かもしれないし。
「……」
少々小腹が空いたので、横にかけている鞄の中から飴玉をひとつ取り出す。
物珍しくて買った、チーズケーキ味という飴玉。
まぁ、正直失敗したとは思うが、飴を食べる人が我が家には私くらいしかいない。その上、この何とも言えない味は、目覚ましには丁度いい。
「……」
かり―と、小さく噛む。あまりしたくないが、この休み時間中に食べきらなくてはならない。
微妙な酸味のようなよくわからない風味が口の中に広がる。
前はグミを食べていたのだけど、飽きたのだ。それに最近、すっぱいグミしか売ってなくて……それもいいのだけど、あまり酸味が強いものは好きではない。
「……」
噛みつつ適当に飴を転がしながら、引き出しの中を探る。小学生の事は引き出しにぴったりのケースがあったのだけど、高校になるとそんなものはない。ただ机に用意された穴の中に、必要なものを突っ込んでいるだけだ。
「……」
その、冷たい引き出しの中。すぐ手に届く位置に、図書室で借りた本を置いている。
―と、その前に机の上に次の授業の教材だけ出しておこう。次は英語だ。……あの先生苦手なんだよなぁ。そもそも英語が苦手なのに。
「……」
教科書と、ノート。その他のテキスト。こんなに要らないだろうといつも思う。
筆箱はすでに出ているので、そのまま。
辞書―はいるのだろうか。最近使っていないからな、あぁでも必要になったら困るから置いておくか。
「……」
辞書類は後のロッカーに置かれているので、取りに行かなければならない。
面倒だと思いながらも、立ち上がる。
こういう時席が後ろ側なのは得だ。移動距離が短くて済む。
「あ、――!」
「 は、」
息が止まるかと思った。
勢いあまって、口の中にあった飴玉を飲み込んでしまった。嚙んででよかった。
まぁ、誰だって、いきなり声をかけられれば驚くだろうから、当たり前かもしれないが。
いつもだったら、この時間には、会えない声も聞けない、はずの人が。
―あの子が、教室の入り口から声を掛けてきた。
「―どうしたの」
心臓は驚きと、嬉しさと、よくわからない感情に巻き込まれドクドクと言っている。
それをおくびにも出さないように、なんとか平静を保ちながら、辞書の事なんか忘れて、入り口に立つ、あの子の元へ行く。
「ジャージもってない?」
はにかみながら、そう問うてくる。
よく見れば、半そで短パン。いわゆる体育服を着ている状態だった。動きやすいように髪もまとめている。ポニーテールだ。
教室は暖房がはいっているので比較的暖かいが、廊下は冷え切っているだろう。この入り口に近づいただけでもかなり冷えた。廊下でこれなら外はこれ以上だろう。
相当寒いのか、手のひらをずっとこすっているし、あからさまに寒そうな表情をしている。
「あるある、貸そうか」
「ありがとぉ」
かなり寒かったのか、教室に取りに戻った私についてきた。
珍しいこともある。
忘れものなんてめったにしないのに。
「洗濯してかえすね」
とりあえず、上着をいそいそと着ながらそう告げる。
「ぁ、私五限体育だから、」
「あ、そうなの?えーじゃぁ」
「昼休みに返してくれたらいいよ」
「いいの?ありがとぉ」
しっかりと、下から上までチャックを閉じて、先程までの表情が嘘のように和らぐ。
ついでに飴でも持たそうかと思った。あ、でもあのまずい飴はだめだな。
「じゃぁ、またあとでね」
「うん、急がないともう鳴るよ」
廊下には、彼女と同じクラスの、いつもの昼休みのメンバーのうちの一人が立っていた。
―いいなぁ、なんてことは思ってない。
だって、クラスが一緒だったら、こんな貸し借りなんて出来ないもの。
「ぁ、」
忘れていた辞書をロッカーから取り出し、予鈴ギリギリで席に戻る。
苦手な英語の授業が、ほんの少しだけ楽しく思えた。
お題:チーズケーキ・洗濯・飴玉




