一方その頃
教室の後方――ふたりの少女が去ったあと。
取り残された数人の生徒たちは、しばし呆然とその背中を見送っていた。
誰もが無言だった。
だが、その沈黙は長くは続かない。
「……朝倉さんって、あんな喋り方だったんだね」
ぽつりと、ひとりが呟いた。
「私、てっきりずっと無口なのかと思ってた。話しかけたこともなかったし」
「うんうん。なんか、いつも本読んでるからさ?しかもめっちゃ真剣に」
「ていうかさ……普通に美人だよね。あの子」
「……わかる。なんか近寄りがたい雰囲気あるけど、目、すごく綺麗」
いつの間にか、会話の中心は三條更紗ではなく、朝倉澪になっていた。
最初は戸惑い交じりだった声色も、次第に熱を帯びてくる。
「それに、さっきの朝倉さん――」
「あー、あれね。私も思った!」
「「……なんか格好良かったよね」」
数人の声が重なって、笑いがこぼれる。
朝倉澪は知らなかった。
彼女の「すまし顔の読書」は、誰にも届かなかったわけではないということを。
静かで、無口で、けれどどこか芯の強さを感じさせるその姿勢は、
同年代の一部には密かに刺さっていたのだ。
架空の友達を作ることでしか他者と繋がれなかった彼女が、
今日、ほんの少しだけ演じた“違う自分”。
それが“本当の彼女”を、少しだけ外の世界へ押し出していた。