読書してるだけなのにクラスの人気者がぐいぐい来る
「朝倉さんは、どんな本が好きなの?」
唐突な声に、手が止まる。
ここが、もし図書室だったら。
静かで、ふたりきりで、本の匂いだけが満ちるような空間だったなら――私はきっと、素直に答えていたと思う。
でも、ここは教室だ。
「特別な人」と呼ばれた翌日。
昼休みの雑多な空気の中、ざわつきと笑い声が混じるこの空間で、私はいつものように机に文庫本を開いていた。
その前に、なぜか座っているのが――三條更紗さん。
教室の視線が、一斉にこちらに集まる。
“地味で本ばかり読んでる子”と、
“クラスの中心にいる優等生の花”。
その2人が話しているだけで、十分すぎる見世物だ。
目立つのは勘弁してほしい。
正直なところ。
「三條さんって朝倉さんと仲が良かったんだ」
誰かの無邪気な声が飛ぶ。
三條さんは、笑顔で、即答した。
「そうなの!運命の人なの!」
教室が一瞬静まり返って、次の瞬間にはざわざわとざわめきが広がった。
ヒソヒソと耳打ちし合う声、ちらちらと送られる視線。
ひええええええ……!
心の中で絶叫した。
だけど、顔には一切出さない。
私は、静かに本のページをめくり続けた。
いつものように、読書に没頭している“ふり”をする。
この手の噂話は、反応すると尾ひれがつく。
動揺すればするほど、燃料になるのだ。
冷静に。冷静に。
貝になれ。
私は、貝。
――でも。
その静寂を破ったのも、また三條さんだった。
「隣、いい?」
そう言って、自分の椅子をガタガタと引きずってきたのだ。
そして、私のすぐ横にぴたりと座る。
距離が、近すぎる。
髪が、私の頬に触れた。
呼吸が、重なるような距離。
脳が、処理を諦めた。
(……ちょ、距離感おかしくない?)
でも――不思議と、悪くはなかった。
むしろ、くすぐったくて。
自分でもよくわからない気持ちが、胸の奥をふわりと揺らした。
三條さんは、私が読んでいた本を覗き込んだ。
「難しい内容ね。哲学?」
「あ……うん。ちょっとだけ」
その声に、私も小さく応じてしまっていた。
こんなふうに言葉を交わすのは、いつぶりだろう。
三條さんは、少し首を傾げて笑った。
「私は、恋愛小説とか好きかな」
その笑顔は、教室のどこかで見せる“優等生の仮面”ではなく――
明らかに、私だけに向けられた溢れんばかりの好意だった。
心臓が跳ねた。
たった一行の台詞で、本の活字が頭に入らなくなるなんて。
それほど、彼女の存在はまぶしかった。
たった一つの問いかけ。
「どんな本が好き?」
その言葉が、こんなに胸をざわつかせるなんて、思わなかった。