ボッコボコにされちまうよ
翌朝。
アラームが鳴っても、カーテンの隙間から朝日が差し込んでも、私は布団の中にいた。
全身が鉛のように重たくて、まぶたすら持ち上がらなかった。
「行きたくない……」
枕に顔を埋めて、唸る。
頭の中には、昨日の用紙。
あの文章。
そして、赤くなった紗雪さんの顔が何度も浮かんでは消えていく。
きっと今ごろ教室では、私の用紙が皆に回されて笑われてる。
「何このポエム?」
「キモッ」
「これ、三條さんのことじゃない?」
……いや、違う。
更紗さんはそんなことしない。
彼女は優しいから、そんな真似はしない。
けど。
もし彼女が「私」に幻滅していたら?
あの柔らかい目が、氷のように冷たくなっていたら?
それを想像するだけで、吐き気がこみ上げた。
「学校いきなー!」
母の怒声が階下から響き、次の瞬間にはドアが開いて布団を引っぺがされる。
無理やり着替えさせられ、気づけば私は玄関に立たされていた。
こうなれば、もう逃げ場はない。
家から追い出され、私は渋々と歩き出した。
道ばたの雑草がやけに生き生きとして見えるのが腹立たしい。
教室に着くと、まず周囲の視線を警戒する。
……けれど、誰も私を見ていない。
笑い声も、ヒソヒソ話もない。
いつもの朝と何も変わらない風景。
更紗さんの姿は、まだなかった。
ホッとして自分の席に腰を下ろすと、すぐに顔を伏せて机に突っ伏した。
今日は一日、寝たフリで過ごす。
誰の視線も受けず、会話も交わさず、風のようにやりすごす。
それが、最善の選択肢に思えた。
時間が過ぎる。
チャイムが鳴る直前、気配が変わった。
足音。
誰かが、私の席の前に立った。
無視する。
私は寝ている。
夢の中の人間なのだから、関わってはいけない。
……でも、肩に柔らかな手が置かれた。
「朝倉さん」
その声だけで、背筋が凍った。
間違いない。三條更紗さん。
現実に立っている。
今ここに。
肩が揺すられる。
「朝倉さん?」
逃げられないと悟り、私はゆっくり顔を上げた。
そこには、昨日と同じ笑顔ではなく、無表情の彼女が立っていた。
目に感情はなく、声も平坦だった。
「ちょっと話があるから、お昼に校舎裏に来てくれないかな」
それだけ言って、彼女は自分の席へと戻っていった。
私に振り返ることもなく。
心臓が、今まで聞いたこともない速さで鳴り出す。
喉が渇く。
指先が冷たい。
……ボコられる。
絶対に。
感情のない笑顔こそが一番怖いって、漫画で読んだことがある。
でも、お昼まで、まだ時間はある。
私は机に顔を埋め直し、震えながら思った。
ボコられるまでの猶予が、あと三時間あるのだ。
素直には喜べないのだけれども。