イマジナリーなフレンド
授業の時間、休み時間、お昼に放課後。
いつの間にか、視線は彼女を追っていた。
べつに、ストーカーになりたいわけじゃない。
隠れて尾行したり、写真を撮ったりする気はない。
ただ、目が自然と向いてしまうのだ。
気づけばそこに、三條更紗がいる。
休み時間、友達と談笑する彼女。
誰かの悪口が飛び出しても、できるだけ乗らず、時には笑って話題を逸らす。
けれど、それでいて誰にも嫌われない。
不思議な立ち位置。
放課後には、教室から見える花壇で、ひとり土をいじっていた。
花に優しく微笑みかけるその横顔は、神話の中の女神かと見紛うほどに美しかった。
私は、その姿を見ながら、ペンを走らせる。
「私の友達は花が好きです」
花壇の真ん中に生えた名のある花より。
花壇の隅に咲いた、誰にも名を知られない小さな花。
その健気さにこそ美しさがあると、彼女は言います。
「私の友達は、誰かが悪く言われるのが苦手です」
クラスの輪の中でそんな話題が出ても、多少の事なら笑顔で話を流します。
けど、それが続くと胸が潰れそうになります。
笑って流すのは卑怯だと、理解もしているのです。
自分が嫌われたくないからそうしているのです。
どうしても逸脱しすぎた話題が出たら窘めることもありますが。
それだって巻き込まれたくないからです。
「私の友達は、卑怯者です」
花の世話をする時だけ、自分が解放されているように感じています。
そうしていれば、卑怯な自分を忘れられるからです。
純粋であることの証明になると、思っているからです。
手が止まらなかった。
筆は滑るように動き、理想の“友達”に、次々と設定が付与されていく。
花瓶に生けた花が腐ってしまいました。
捨てなければならないのだけれども、それに罪悪感を抱いてしまいます。
手折られなければ、今もまだ綺麗なままでいられたのにと。
教室の掃除でついつい頑張ってしまい。
他の子らは呆れて先に帰ってしまいました。
けど、最後まで綺麗にしたその充実感は他では得られない物でした。
それを独り占めできている気がして、小さな充実感を得られれました。
小さな罪悪感。
小さな充実感。
小さな喜び。
小さな不満。
そのすべてが、私の中の“彼女”を彩っていく。
すごく不思議。
理想の彼女の暗い一面を私だけが知っている。
架空の友達楽しい。
熱中する私に、誰かが話しかけてくる。
顔を上げると友達が立っていた。
「朝倉さん、もう書けちゃった?」
三條更紗が、笑顔で私に話しかけてくる。
え?
実体化した?
一瞬そう考えてしまう。
いや違う。
これはリアルだ。
リアル三條さんが私に話しかけている。
「か、書けたって?」
「うん。課題、今日が締切だから」
もう1週間経過していたのだ。
あわてて内容を確認する。
うん、書けてる。
我ながら素晴らしい友達を書けたものだ。
だから私は三條さんにこう答えた。
「は、はい……書けました」
紗雪さんはにっこりと笑い、私の用紙を回収する。
そうか彼女は今日の日直で。
担任からは回収を依頼されたのだろう。
もしかして私が最後なのかな。
申し訳ない気持ちになると同時に私の中の何かが警鐘を鳴らす。
三條さんは私の用紙を紙束の一番上に置き、背を向けて教室からは出ようとして。
立ち止まった。
その目は紙の束束に向けられている。
より具体的に言うと紙の束の一番上。
私が書いた内容に向けられている。
やばい。
見られてる。
いやけど名前書いてないし。
盛りに盛った内容だから気づかれないはず。
おねがい。
気づかれないで。
三條さんは暫し立ち止まっていた。
その肩が少し揺れている気がする。
彼女は、ゆっくりと振り返った。
顔が、真っ赤だった。
口をぐにゃぐにゃとさせながら、漫画みたいな顔で、しどろもどろに呟いた。
「あ、朝倉さん……こ、これって……」
質問が終わる前に私はダッシュした。
教室を飛び出し、階段を駆け下り、靴もちゃんと履かず、帰宅路を突っ走って。
自宅に飛び込み、母に挨拶もせず、ベッドに飛び込んだ。
布団に包まって、絶叫する。
「ああああああああああ!」
見られた見られた見られた見られた。
気づかれた気づかれた気づかれた気づかれた。
「うあああああああああああああああああ!!!」
廊下の向こうから母の声が聞こえた。
「うるさいよー」
ああ、終わった。
明日から、学校に行けない。
行けるわけがない。
私の空想のお友達。
そのすべてが、本人にバレたのだ。
「どうしよう」
悩んでも、何も解決はしない。
架空の友達はいままさに私の敵となり立ちはだかっているのだ。
まるで少年漫画のように。