澪ちゃん澪ちゃん
翌日から。
三條更紗は、私を「澪ちゃん」と呼ぶようになった。
それはあまりに自然な口調で。
まるで最初から、ずっとそう呼んでいたかのように。
教室でも、下校時も、休み時間も。
彼女は寄り添うように私のそばにいた。
横を向けば、すぐそこに。
視線を向ければ、にっこりと笑い返してくる。
……正直、戸惑っていた。
今までずっと一人でいたから、こんなに距離を詰められることに、慣れていない。
嬉しい。でも、どうしていいかわからない。
言葉の選び方も、目線の配り方も、すべてが手探りだった。
昼休み。
校舎の横、木陰のベンチに腰かけて、ふたりでお弁当を広げる。
人目のない空間。けれど、緊張は消えなかった。
なんとか話題を作ろうと、私は言葉を選んだ。
「えっと、三條さんは――」
「名前で呼んでくれていいよ?」
少しもためらわず、更紗さんが笑顔でそう言った。
そのまっすぐな瞳を見て、私はうなずくことしかできなかった。
「……じゃあ、更紗さんは、その、私のことが……」
視線を合わせると、彼女は首を傾げている。
小動物のような仕草。
かわいい。
意を決して、言葉にした。
「好き……なんだよね?」
「うん」
その答えは、あまりにも素直だった。
照れも、迷いもない、澄んだ声。
言った私のほうが真っ赤になって、俯く羽目になった。
「……その、どこが、好きなのかなって」
それはずっと、気になっていたこと。
更紗さんは、一瞬だけ目を伏せて、
そして、静かに語り始めた。
「……私、ずっと“いい子”を演じてたの」
「本当の自分なんて、誰にも見せられなかった」
「だって、知られたら嫌われるって思ったから」
「ズルくて、臆病で、誰かの悪口も笑って流して」
「そんな自分が、嫌いだったのに、やめられなかった」
風がベンチの下をすり抜ける。
更紗さんの声は、震えていなかった。
「……けど澪ちゃんは、受け入れてくれていた」
「私の知らないところで、ずるい私のことを、全部受け入れてくれていたの」
「……だから、大好きになったの」
私は、何も言えなかった。
でも、胸の奥がきゅうっと締めつけられるような感覚だけは、確かにあった。
こんなふうに、誰かに「好き」と言われたのは、初めてだった。