私には友達がいない
私の名は朝倉 澪。
地味で目立たず、眼鏡の奥に感情の影をひそませたまま、高校生活の半年を無難に過ごしてきた。
ノートの取り方は丁寧で、遅刻も欠席もほとんどしない。
けれど誰にも話しかけられず、私も誰かに声をかける事はない。
読書が好きだった。
だから休み時間はいつも本を開いていた。
文庫本を机の端に置いて、カッコつけて読んでいれば、誰かが「何読んでるの?」なんて話しかけてくれるかと思った。
でも、そんな漫画のような展開は一度も訪れなかった。
いじめられていたわけじゃない。
ただ、誰の輪にも入れていなかった。
ただ、そこにいるだけの人。
私は、そんな空気みたいな存在。
そんなある日。
担任の加納先生が黒板の前で告げる。
「来週までに、自分の“友達”についての紹介文を書いてきてください」
「相手の良いところ、そして少し悪いところも含めてね」
「観察して、思考を言語化する練習です」
「相手の名前は書かなくて構いません」
教室中がざわついた。
「誰にしよう」「どうせアイツしかいないし」なんて会話が飛び交うなかで。
私は静かに絶望した。
友達なんて、いない。
一瞬白紙で提出しようかとも思ったが。
逆に悪目立ちするだろうと考えを改める。
どうしよう。
重い気分のまま、私はふと、斜め前の席を眺めた。
そこに座っているのは、三條 更紗。
クラスで一番と言っていいほどの人気者。
いつも笑顔で、誰とでも気さくに話し、教師の信頼も厚く、成績も優秀。
髪は光を抱き込むような柔らかい栗色で、どこか儚げな印象を与える横顔は、同性の私ですら見惚れてしまう。
完璧な優等生。
理想的なヒロイン。
この瞬間、私の脳裏に電撃が走る。
天啓。
「そうだ。いないなら、作ってしまえばいい」
相手の名前は書かなくていいのだから、ディテールに凝ればバレやしない。
ベースは彼女にしよう。
誰からも好かれる少女。
けどそんな彼女が抱える闇を私だけが知っている。
いいじゃないか。
私は静かにペンを取った。
そして書き始める。
“私のたった一人の親友”についての、誰も知らない物語を。