9話 思わぬお誘いに戸惑いの反応
ルーシーは顔色を変えながら、さらに言葉を続けた。
「あのノクスたち、ただのオオカミじゃないのよ。漆黒の毛並みと紫の模様は、瘴気を纏っている証拠。銀色の瞳は、相手の動きを見透かすような鋭さを持ってるし、あの爪と牙は岩を砕くほどの威力があるの。群れで襲いかかれば、普通の冒険者なんてひとたまりもないわ。あれが可愛いなんて、正気の沙汰じゃないわよ!」
ルーシーの声には、ノクスたちの恐ろしさを伝えようとする必死さが込められていた。しかし、レティアはその説明を聞いてもなお、にこにこと笑顔を浮かべている。
「でもね、ルーシー。オオカミさんたち、わたしにはすっごく優しいんだよぅ♪」
レティアの無邪気な言葉に、ルーシーは呆れたようにため息をつきながら、再びノクスたちをちらりと見た。その視線には、まだ警戒心が残っているものの、どこか諦めのような気配も漂っていた。
「あーそうなのね……。わたしは今日のノルマを達成させるから……えっと……レティーはどうするのかしら? 家に帰るの?」
ルーシーはちらちらとレティアを気にするように見ながら、尋ねた。その仕草には少しの戸惑いと遠慮が感じられた。
「あ、そーだぁ! うちに遊びに来る? ちょっと狭くて……オンボロな家だけど……よかったら♪」
レティアは甘えるような笑顔でルーシーを見つめながら、思いつくままに提案した。
「え!? それって……わたしを……家に誘っているの?」
ルーシーは驚きの表情を浮かべ、思わず目を見開いて聞き返した。その反応が、レティアにとっては少し不思議だった。
『えっと……家に誘ってる以外にどう聞こえるのかなぁ?』
レティアは小首をかしげながらも、再び軽い調子で続けた。「嫌だったら、べつにいいんだけど。それだったらぁ……明日も待ち合わせしてあそぼー?」
家に来るのが抵抗あるならと、彼女なりに譲歩して提案を言い換えた。
「ちょ、行かないなんて言ってないし! どうしてもって言うなら……行ってもいいわよ……! 勝手に話を進めないでよねっ!」
ルーシーは顔を赤らめながらも、慌てた様子で声を荒げた。しかし、その目はどこか期待しているようで、心の中ではレティアの提案に少し嬉しさを感じているのが伺えた。
レティアはそんなルーシーの反応に気づくこともなく、ただ満面の笑みを浮かべながら言った。「わーい! ルーシーが来てくれるんだね! 楽しみぃ~♪」
その無邪気な笑顔に、ルーシーは恥ずかしさを隠すように再びそっぽを向いたが、心の中ではほんの少し、暖かい気持ちが芽生えていた。
ルーシーは、慌ただしく立ち上がると、「狩りのノルマを達成させなきゃ!」と短く言い残して足早に去っていった。彼女の後ろ姿が見えなくなると、レティアはその方向を見つめながら小さく呟く。
「わたしたちも狩りをしないとね。えっと……なんて言ってたっけ? ノクスだっけぇ?」
彼女は振り返ると、待機状態でじっと座っていたノクスたちに笑顔で声をかけた。「狩りにいこうかぁー♪」その声に、ノクスたちは緩やかに反応し、立ち上がってレティアの後ろへついていった。
さらに、虹色の能力で作り出した動物たちにも声をかける。「あなた達もいっしょにいくよー♪」
虹色の輝きを放つ小動物たちはレティアの言葉を受け、静かに彼女の周囲に集まった。
「んーっと……あっちに何かいるね。」
レティアはふっと顔を向けて気配を感じた方向を指し示した。その先へ向かって進んでいくと、視界に飛び込んできたのは、途方もなく巨大なイノシシの魔物だった。
その姿を目の当たりにして、ノクスたちが一瞬動きを止め、怯んだような仕草を見せた。その反応にレティアは首を傾げながら、目の前の魔物をじっくりと見つめる。
その体格は、普通のイノシシとは比べものにならないほど巨大で、まるで岩のように硬そうな筋肉質の体躯をしていた。体毛は荒々しく逆立ち、暗い闇に溶け込む漆黒の毛並みには赤黒い模様が不規則に走っている。特に目を引くのは、その牙だった。
イノシシの牙は、鋭く光る刃のようで、まるで何度も命を奪ってきたかのような冷たさを纏っていた。その表面は紫色に染まった液体が滴り落ち、毒のような瘴気を周囲に漂わせている。牙が光を反射するたびに、まるで命を狙う刃が振りかざされるような錯覚を覚えさせた。
赤い瞳は獰猛で、まるで相手の心を射抜くかのような鋭さを持っていた。それは単なる動物の目ではなく、敵を狙う捕食者そのものの目だった。地面を踏み鳴らす度に、巨体の重みで大地が震え、周囲の木々がかすかに揺れる。その音だけで、見る者の心を恐怖で掴んでしまうほどだった。
突然、そのイノシシの魔物は牙を振り上げ、「プシュー!」という激しい音とともに紫色の息を吹き出した。その異様な息が周囲に充満し、甘ったるいような、しかし危険を感じさせる不快な匂いが立ち込めた。息が触れた木々はすぐに枯れ始め、枯葉が落ちる音が静寂を一層際立たせた。
威嚇するように地面を掘る前足が、鋭い爪で深い溝を刻んでいく。筋肉の動きが一つ一つ鮮明に見えるほど力強く、その迫力にノクスたちですら一瞬怯む仕草を見せた。
レティアはその姿を見上げながらも、驚きよりも興奮と好奇心が勝った様子で、「おおきいねぇ……すごい迫力ぅ!」と呟いた。一方で、彼女の背後に控えるノクスたちが緊張感を持って低く唸り声をあげ、彼女を守るように動き出そうとしていた。