第7話:消えゆく未来馬たちと、血統の選定
アオノクラウンが未勝利を勝ち上がった翌日。
蓮は小さな下宿の机に向かっていた。
ちゃぶ台の上には、新聞、出馬表、血統表、そしてノート。
横には、いつも通り《血統チート図鑑》が起動されている。
けれど、昨日までとは違う。
図鑑に表示される“馬の未来”に、いくつものグレーアウトされた表示が増えていた。
■ナスノブレイブ
【非アクティブ】1980年 菊花賞出走 → データ未確定
【警告】現在時点で消失する可能性:中
■ミスエメラルド
【非アクティブ】未出走のまま繁殖入り → データ不安定
「……マジかよ……」
ページをめくるたびに、未来の名もなき馬たちの“運命の消失”が増えていく。
彼らはまだ走ってもいない。
それどころか、まだこの世に生まれてすらいない馬すら含まれていた。
けれど図鑑は確かに示している――未来は変わり始めていると。
「俺が、ここにいるから……だよな」
一度的中した馬券。
あの時、誰かが本来得るはずだった賞金。
アオノクラウンが勝ち上がったことすら、本来とは違う“歴史”になっている。
“ほんの少しの介入”が、馬の未来を確実に変えていた。
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蓮は図鑑を閉じ、しばらく天井を見つめた。
(もし俺のせいで、ディープインパクトが生まれなくなったら……
もし俺の行動で、ノーザンダンサーの血が断たれたら……)
未来を知っているからこそ怖い。
自分の選択が、競馬の歴史を塗り替えてしまう可能性がある。
けれど――
(……逆も、ある)
アオノクラウンのような、“本来は消えていたはずの才能”を掘り起こすこともできる。
蓮には、それができる。
「なら――選ぶしかない。何を残して、何を救うか」
図鑑に映る無数の名前。
そこには、史実の馬だけじゃなく、条件戦でひっそりと消えていった“可能性のある馬たち”も含まれていた。
そして、その中でひとつ――蓮の目が止まる。
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【注目登録】
■カゲツスワロー(牝馬)
父:サウンドトラック × 母父:ヒンドスタン
血統評価:因子濃度高
特記事項:繁殖適性◎/気性安定
【成長後】繁殖牝馬 → 黄金配合4本持ち
【特性】牝系強化ルート:分岐起点馬
「……これだ」
それは、競走馬として目立った戦績を残さないまま、繁殖に上がった馬。
けれど《血統チート図鑑》は、その馬を“血の起点”として評価していた。
黄金配合。因子継承。牝系強化。
どれも、後々の配合戦略において欠かせない要素だった。
「いつか自分で持つべき“系統”を、今から決める――」
地図を描くように、ノートに血統図を引いていく。
カゲツスワローから枝分かれする4世代先には、**“初の自家生産三冠候補”**のデータすらグレー表示で浮かび上がる。
(これも……今、俺が拾わなければ、消える)
今まで馬を見るのは“馬券のため”だった。
でも、今は違う。
これは――未来を選ぶ行為だった。
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その夜。
蓮はノートの端に、こう書き込んでいた。
「アオノクラウンは、まだ手に入らない。
でも、カゲツスワローの仔なら、自分で育てられる可能性がある。
ここから俺の“血”を始める」
最初の分岐を選んだ瞬間だった。
競馬ってロマンの血統スポーツよね