第6話:血統の出会い、運命を変える一頭
――翌週。
東京競馬場、早朝のパドック裏。
蓮は、開門と同時に場内へと足を踏み入れていた。
手に握るのは、出走予定表にメモをびっしりと書き込んだノート。
前夜に血統チート図鑑で下調べを終えた中から、今日勝負すべきレースをすでに絞っている。
(今日は手堅く。少しずつでも、資金を積み上げる)
蓮の所持金は6万と少し。
前回の的中で得た額としては悪くない。
だが、馬主になるためには、最低でも5000万。道はまだ、途方もなく遠い。
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第3レース――芝1600mの未勝利戦。
蓮はパドックの外周に腰を下ろし、
出走馬を一頭ずつ眺めながら、《血統チート図鑑》を起動する。
【No.6 アオノクラウン】
> 父:ノーザンテースト × 母父:ネヴァービート
> スピード:A
> スタミナ:B
> 気性:C
> 成長型:晩成持続
> 適性距離:1400〜2200m
> 脚質:差し〜先行
> 特記事項:
> 【才能因子:爆発力】
> 【黄金配合の可能性あり】
> 【因子の継承連鎖に適性】
「……っ!」
蓮は思わず、ノートを握る手に力を込めた。
(爆発力持ち……それに、黄金配合の可能性……?)
簡単に言えば、“繁殖入りしたときに最強クラスの配合相手が存在する”ということ。
さらに「因子連鎖あり」――これは、“この馬を起点にして、強い配合が枝のように続いていく”血統的価値の高さを意味していた。
「こいつ……将来的に、繁殖の要になる器だ」
そして極めつけは、図鑑の表示欄にあった一文。
> 勝鞍:未勝利 → 条件戦 → GⅢ → GⅠ(国内古馬王道路線)
さらに、その下に薄くグレーで浮かぶ文。
> ※【非アクティブ】凱旋門賞出走データ確認(史実未登録)
(……史実に残らない。けど、“本来なら”行けた馬……!)
図鑑は静かに語っている。
この馬は、まだ誰にも気づかれていない“可能性の塊”だと。
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その瞬間、蓮の胸の奥に、言葉にならない衝動が走った。
(この馬……俺の手で、走らせたい)
競馬にのめり込んで何年も経つ。
けれど、今まで一度だって“この馬を所有したい”なんて強く思ったことはなかった。
だが、アオノクラウンには――何かがあった。
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「けど……今の俺じゃ、何もできねぇ」
図鑑の情報を目の前にしても、現実は変わらない。
蓮はまだ、馬主でもなければ、馬を持つ資格もない。
ましてや、牧場と取引できるような立場ですらない。
数分後には、この馬はゲートに入り、誰かの馬として走り出す。
そして勝てば、誰かに見つかり、見抜かれ、手の届かない存在になる。
「……今しか、ねぇのに……!」
悔しかった。
初めて“持たざる者”の現実が、心に突き刺さった。
⸻
ゲートが開いた。
アオノクラウンはスタートで少し遅れる。
だが、道中でじわじわと進出し、4コーナーでは外から一気に差し脚を伸ばす。
「差せ……行けっ……!」
蓮の言葉が届いたかのように、アオノクラウンは鋭く伸びた。
ゴール前、半馬身抜け出して――1着。
未勝利戦、突破。
だが、歓声に湧くスタンドをよそに、蓮の表情は硬いままだった。
(……俺の手で走らせたかった)
初めて、心の底からそう思った。
その瞬間、蓮の中に一つの決意が灯る。
「必ず奪い取る。この馬がまだ買えるうちに――」
《血統チート図鑑》は、血に眠る“未来”を知っている。
蓮だけが、その才能の意味を“今”知ってしまった。
その出会いが、この先の馬主人生を大きく動かす引き金になることを――
まだ彼は知らなかった。