第50話:育成プランと成長曲線
【クエスト進捗】
● 所持金:1,382,500円(生活費差引後)
● 残り期間:4年9ヶ月
● 現在の目標:馬主資格取得
必要資産:5,000万円相当 or 年収1,700万円以上(昭和基準)
【日付】
1976年7月11日(日)
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「水島。――今日は“次の一手”を考える。」
俊さん――矢野泰三は、坂路の調教が終わったあと、手元のメモ帳を閉じてそう言った。
「動きはだいぶ良くなった。肩と腰の繋がりも見えてきた。
だがそれだけじゃ勝てねぇ。ここからは“どう鍛えるか”を決めなきゃいけねぇ。」
放牧地の青鹿毛の若駒――牡馬は、汗を流しながらも、力強く草を噛んでいた。
(この馬を、どう仕上げていくか――)
蓮は黙って、俊さんの言葉を待つ。
「そういえばこの前、お前言ってたな。
“マイルから中距離が合いそうだ”って。」
俊さんは煙草に火をつけ、静かに煙を吐き出した。
「それで、今の仕上がり具合を踏まえて――どう感じてる?」
蓮は少しだけ考えてから答えた。
「……変わってません。
でも、走りの柔らかさとバランスを見ていると、
もう少し長い距離にも伸びる可能性は感じています。」
俊さんはにやりと笑った。
「おう、それでいい。
“今はここ”だけじゃなく、“伸びしろ”を見込む目を持つんだ。
鍛え方次第で適性も変わる。成長は固定じゃねぇ。動くんだ。」
俊さんは立ち上がり、ファームの調教ボードに何かを書き込んだ。
「この馬の“成長曲線”――これを今、見立てていく。」
ボードにはこう書かれていた。
【基礎持久力】★★☆☆☆
【瞬発力】★★★☆☆
【柔軟性】★★★★☆
【精神力】★★☆☆☆
【体幹バランス】★★★☆☆
「今のこいつは、柔らかさが一番の強みだ。
だから、まずは“持久力”と“体幹”を底上げする。
瞬発力を鍛えるのは、そのあとだ。」
俊さんはボードを指でトントンと叩きながら続けた。
「急がず、焦らず、けど確実に積み上げる。
基礎持久力を強化するためには、キャンターの反復と坂路を使う。
腰回りの筋肉強化も同時に進める。」
「……はい!」
「それと――」
俊さんは蓮に向き直る。
「水島。このプラン、お前ならどうする?」
蓮は少しだけ驚いた顔をした。
(“考えろ”じゃない。“どうする”って……)
俊さんは肩をすくめる。
「この馬を毎日一番見てるのはお前だ。
俺のメニューをそのままやるんじゃなくて、
“お前がどうしたいか”を考えてみろ。」
蓮は深く息を吸い込み、ノートをめくった。
「……たとえば、いきなり坂路を増やすんじゃなくて、
最初の1〜2週間はロンジングとトレッドミルの時間を伸ばして、
まず心肺機能とリズム感を安定させたいです。」
「ほう。」
「そのあと、キャンターの反復で持久力を底上げして、
体幹と腹筋・背筋まわりの強化ストレッチを継続します。
瞬発力は、坂路の併用が始まってから徐々に。」
俊さんは静かにうなずいた。
「……いいじゃねぇか。
その“考えた答え”が、何より大事なんだ。」
◇
午後、放牧中。
若駒は青草を食みながら、少しずつ動き回っている。
蓮はノートにこう記した。
『7月11日:育成プラン検討
・基礎持久力強化 → 心肺&リズム安定
・体幹・背腰ケア継続
・瞬発力強化は坂路導入後に段階的に』
ふと、俊さんがポケットから馬名申請の書類を取り出した。
「水島。馬主に伝えといた。“こっちでも案を考える”ってな。」
「……本当に俺が考えていいんですか?」
「おう。俺たちゃ毎日こいつを見てんだ。
馬主もそれをわかってくれてる。
“通るかどうかは相談する”けどよ、案を出すのはお前でいい。」
蓮は静かに頷いた。
(この馬に、どんな名前を――)
(どう生きて、どう走ってほしいのか。
その想いを、名前に乗せる)
『名前は願い。
願いは未来を紡ぐ糸。
俺は、その最初の一編を織る。』
節目の50話です。
ブックマークしてくれる方が徐々に増えているようで嬉しいです。




