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第42話:若駒の鼓動、俺の一票(修正版)

【クエスト進捗】

● 所持金:1,391,100円(生活費差引後)

● 残り期間:4年9ヶ月と9日

● 現在の目標:馬主資格取得

 必要資産:5,000万円相当 or 年収1,700万円以上(昭和基準)

【日付】

1976年7月2日(金)



七月の朝。

南坂ファーム。馬房に朝日が差し込む中、蓮はいつもの作業――掃除と餌やりを終えていた。


だが胸の中は、昨日からざわついていた。


(スキルだけじゃ勝てない。なら――俺の“目”で、見抜くしかない)


 


「おい、水島。ちょっと来い」


いつものように、俊さん――矢野泰三が手招きをする。


 


曳かれてきたのは、一頭の青鹿毛の若駒。

2歳、牡馬。馴致を終えたばかり。

細身で幼いが、耳の動きは敏感で、目もよく澄んでいる。


 


「こいつ、まだ名前はねぇ。乗り出しはこれからだ」


俊さんは、じっと蓮の顔を見る。


「どう見る、水島?」


 


蓮は馬体を観察した。

肩、胸、腰、脚。バランス。関節の柔らかさ。

踏み込みの深さ。何より、その瞳。


蓮と目が合うと、青鹿毛の若駒はふっと首を傾け、こちらを意識して鼻を寄せてくる。


 


(……“見て”る)


(この馬は怯えてるんじゃない。人の動きを、自分で考えて捉えてる)


 


「走るようになると思います」


俊さんは煙草をくわえ、火をつけた。

静かに煙を吐き出しながら、蓮を見据える。


「理由は?」


「踏み込みが深くて、柔らかい。

 肩の可動域もあって、リズムもいい。

 そして、精神面。人を怖がらず、ちゃんと“見て”ます」


 


俊さんはうなずいた。


「来週から、こいつの初期調教が始まる。

 付き合ってみろ。お前の“目”がどこまで本物か、俺も確かめたい」


 


蓮は深く頷いた。


(俺の“目”で選んだ一頭。この馬が、その証明になる)


 



昼休み。

蓮はノートに、今日の若駒の動き、踏み込み、反応を細かく書き込んでいた。


『7月2日 初期調教前:

・脚捌き柔らかい/踏み込み深い/バランス良し

・呼吸安定/精神面◎(怯えなし、集中あり)

→ 育成方針:基礎体力づくり重視、慎重な乗り出しを推奨』


 



夕方。

蓮は厩舎裏で俊さんに声をかけた。


「俊さん……ひとつ、聞いていいですか?」


「なんだ」


「俊さん、やっぱり昔、調教師だったんですよね」


俊さんは煙草を指先で転がしながら、口元だけで笑う。


「――察してたか」


「はい。最初から何となく。そうじゃないと、説明がつかないことが多かったんで」


 


俊さんは煙をくゆらせ、ぽつりとこぼす。


「免許はもう返上した。何年か前にな。

 でも、柏木に頼まれてよ。若駒の育成だけは、こうして手を貸してる」


 


「柏木さん、調教師でも牧場の人間でもないのに、

 どうしてそこまで馬の育成に関わってるんですか?」


「……あいつはコーディネーターみたいなもんさ。

 馬主と厩舎、牧場と育成場。そういう連中を繋ぐ橋渡し役。

 共有馬の出資者やオーナーからも信頼されてる。

 だから、こうして俺みたいな外様にも声がかかるんだ」


 


俊さんは煙草の灰を落とし、続ける。


「でもな、若駒は特にデリケートだ。

 鍛えるつもりで潰す奴もいりゃ、怯えて何もできなくなる馬もいる。

 “勝たせたい”だけじゃ足りねぇ。“壊さない”ことも大事なんだよ」


 


蓮は俊さんの横顔を見つめていた。

その目は、静かで、けれど確かに“馬と向き合ってきた人間”の目だった。


 


「焦んな、水島。馬はな――嘘つかねぇ」


 


蓮はノートを開き、最後に一行、書き足した。


『俺の一票は、俺の目で決める。それが、未来を変える。』

42話を修正しました。

あと、今更ながら章を導入しました。

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