第3話:血統の眼、馬券勝負に挑む
「……マジかよ。ほんとに俺、大学生に戻ってんのか」
ボロアパートの一室。木の柱に斜めにかかった時計が、午前10時を示していた。
小さなちゃぶ台の上には、昭和の学生証。
“明邦大学 文学部2年生・水島蓮”と、しっかり印字されている。
戸籍、部屋、財布――全てが用意されていた。
気づけば、自分はこの世界に“いたことになっている”。
ただし、預金通帳の中身は空。バイト歴なし、頼れる家族もいない。
残されていたのは、封筒に入った5万円の現金のみ。
「全財産、たったこれだけか……」
そして、頭にはまだ消えない言葉が残っている。
【クエスト発動】
■ 5年以内にJRA馬主資格を取得せよ
■ 達成条件:年収1,700万円 or 資産7,500万円相当
■ 失敗時:転生前の記憶の完全消去
「笑えねぇよな……」
だが、やるしかない。
チート――血統チート図鑑が、唯一の頼みの綱だ。
「まずは、この5万をどうやって増やすか、だな」
⸻
蓮は、昭和の街並みを抜けて、府中競馬場へと足を運んだ。
改札口の通路、手売りの新聞、地べたに座る予想屋――
そのすべてが、令和よりもずっと濃い“ギャンブルの匂い”を放っていた。
「……昭和の競馬って、こんなに殺気立ってたのか……」
パドックの周りでは、ギラついた目で馬を睨みつける男たち。
指を震わせながら印をつける老人、白い鉢巻を締めて吠える予想屋。
そんな混沌のなかで、蓮は目を閉じ、呼吸を整える。
「情報に踊らされるな。俺には“図鑑”がある」
彼の頭の中に浮かぶのは、誰にも見えない――血統チート図鑑。
馬の血統、成長型、気性、コース適性。すべてがデータとして視覚化されている。
だが、この図鑑にも限界はある。
当日の馬場傾向や馬体重までは読めない。
“確実な勝利”など、どこにも存在しない。
「だからこそ、データを信じて、冷静に買う。チートに甘えず、競馬を“読む”」
⸻
第5レース。東京芝1600m。
蓮は、スキルを活かしつつも慎重に馬連3点で勝負。
軸は4番人気の差し馬ミナミスピリット。対抗は7番人気と2番人気。
レースは……外れた。
差し馬が伸びきれず、1番人気と6番人気の決着。
「まぁ、こういう日もある」
続く第6レース。
先行馬が揃う中で、逃げ残り狙いで攻めたが、またしても人気薄が突っ込んでハズレ。
残金――24,000円。
「……チートあっても、楽勝ってわけじゃねぇな」
情報があっても、すべてが読み通りにいくわけじゃない。
競馬は、常に“思い通りにならない”ものなのだ。
それでも――蓮の目に、火は消えていなかった。
「次、だ」
⸻
第7レース。東京芝1800m。
蓮の目に止まったのは、3番人気・ハヤテミラクル。
■能力値:スピードB、瞬発力B、スタミナC、気性C
■適性:東京芝◎、左回り◎
■成長型:持続
【推定勝率:31.5%】
相手に選んだのは、1番人気の先行馬・タイヨウノカゼ(勝率28.0%)
さらに、穴として6番人気の外枠差し馬も組み込んだ。
「馬連3点。これで行く。1,500円ずつ、計4,500円」
結果――
ハヤテミラクルは後方から、じわじわと脚をため、直線で一気に伸びた。
「いけっ……差せ……!」
残り200m、前に並ぶ1番人気と6番人気。
ゴール前、ハヤテミラクル2着、タイヨウノカゼ1着。
馬連配当――15.2倍。
払い戻し:68,400円
⸻
「……勝った」
声は小さく、けれど確かだった。
この時代で、自分の力で、競馬で金を掴んだ。
「全財産が、約1.3倍。小さいかもしれねぇが――これは、“証明”だ」
ここで生きていける。
この力を使って、夢に届く場所まで、歩いていける。
「次は……もっとでかい勝負だ。行くぞ、俺」