第2話:血統チート図鑑と、昭和転生という現実
――静かだった。
耳に届くのは、風が木の葉を揺らす音と、遠くから聞こえる電車の走行音だけ。
いつも耳元で鳴っていた通知音も、スマホの振動も、そこにはなかった。
水島 蓮は、畳の上でしばらく動けなかった。
「……嘘だろ」
天井の木目。ザラついた畳の感触。
横を見れば、押し入れと古びた黒電話。そして、壁にかかった日めくりカレンダー。
「昭和51年4月12日(月)」
この日付に、背筋がぞっとする。
「俺……まさか……」
転生? タイムスリップ? いや、そもそも生きているのか?
「……あのとき、競馬場で……」
目の前で繰り広げられていた、黒服の男たちによる“異様な行為”。
馬への注射。運び込まれる白い荷物。逃げ出す途中で、後頭部に走った痛み。
(殴られて、俺……)
思考が止まる。けれど、体は生きている。意識もある。
しかしそれは、42歳の“今”ではなく、20歳前後の――“過去の自分の肉体”だった。
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そして、その時だった。
蓮の目の前に、青白く輝くウィンドウがふわりと浮かぶ。
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【スキル獲得:血統チート図鑑】
● 競走馬の血統・適性・成長型・気性傾向・配合相性を閲覧可能
● 登録・メモ・血統ツリー保存可能
● 一部の未来馬は“非アクティブ化”。歴史により誕生が左右されます
● 表示は使用者本人のみに限定され、他者には一切視認されません
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「……なにこれ、まじかよ……」
目の前に次々と浮かび上がる、名馬たちの名前――
ミスターシービー、シンボリルドルフ、トウカイテイオー……
だが、その多くにはグレーのマークがついていた。
【非アクティブ:未出現/未来未確定】
「なるほど……この世界が、少しでもズレたら……この馬たちは“生まれてこない”」
そうだ。これはただのゲームの図鑑じゃない。
生きた血統の“未来の可能性”が、今この瞬間から分岐していく。
そして、その中にある【クエスト通知】に、蓮は目を見開いた。
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【クエスト発動】
■ 目標:5年以内にJRA馬主資格を取得せよ
必要資産:5,000万円相当 or 年収1,700万円以上(昭和基準)
■ 報酬:配合プラン機能の解放/血統因子の深層分析モード開放
【失敗ペナルティ】:転生前の記憶の“完全消去”
※スキルも同時に剥奪されます
※その後、昭和のこの世界で“ただの人間”として生き続けます
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「記憶が……消える……?」
あまりにも静かな、その一文に、全身が凍るような感覚を覚える。
水島蓮にとって、競馬はただの趣味ではない。
人生そのものだった。
時間、情熱、知識、心、全てを競馬に注ぎ込んできた。
そのすべてを消されるというのは――もはや、死と同義だ。
「ふざけんな……そんなもん、認めるわけには……いかねぇ……!」
歯を食いしばる。こぶしを握る。
「やってやるよ。
5年で資金を作って、馬主になって……
“最強の血統”を俺の手で創ってやる……!」
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ここは、昭和。1976年。
水島 蓮は今――昭和に転生した。
血統を愛し、競馬を愛しすぎた男が、過去へ戻り、スキルを手に入れ、
再び夢を追い始める。
まずは、資金を作るところから。
すべての始まりは、ただの大学生から。
「競馬で稼ぐ。俺にしかできない方法でな――」
ウィニング◯ストやってたら、不意に思ったんです。
主人公チートだよな?と