第21話:理想と現実と――柏木が放った“試す問い”
1976年(昭和51年)5月24日(月)――午後。
蓮は、先日“情報屋”から受け取ったメモを頼りに、再び例の牧場を訪れていた。
目的は一つ。
カゲツスワローの様子を、自分の目で確かめるためだった。
【現在のクエスト】
● JRA馬主資格を5年以内に取得せよ(残り:4年10ヶ月と25日)
● 所持金:693,253円(生活費差引後)
天気は快晴。牧場の空気はどこか澄んでいた。
カゲツスワローは、確かに回復していた。
【状態:良化傾向】
【精神:落ち着きあり】
【繁殖適性:安定】
(本当に、この馬は変わった。……いや、“変われた”のか)
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その時、不意に背後から声がかかった。
「――馬を見る目が変わったな。前よりずっと、静かに見ている」
振り向けば、作業着の男が立っていた。
無造作な髪に、日焼けした肌。
だが、その目は冷静で鋭く、どこか威圧感を持っていた。
柏木大吾――
蓮にとって、ただ者ではないと直感でわかる男だ。
「……お久しぶりです、柏木さん」
「最近、お前の名前をよく聞く。……あの若造が、もう目利きだなんてな」
蓮は静かにうなずく。
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「今日は一つ、“問い”を持ってきた。……選ぶのは、お前だ」
柏木が差し出した木箱には、2頭の馬の資料が入っていた。
1頭は既に500万下クラスで安定して走る牝馬。
実績はあり、繁殖入りすれば安定した収益も見込める。
もう1頭は、地方でくすぶる未勝利の牡馬。
だが、蓮の《血統チート図鑑》が即座に反応する。
【未勝利牡馬(仮名)】
・父系に爆発力因子/母系に黄金配合候補血脈あり
・将来配合時爆発力:56〜60予測
→ “自家生産計画の起点”に適合
(この血統……間違いない。配合の中核になる馬だ)
蓮は無言で資料を見つめた。
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「その牡馬を選ぶってことは、“今は金にならない未来”に賭けるってことだ。
牝馬を選べば、短期的に回収できる。……どちらを選ぶかで、お前の“信念”がわかる」
柏木はそう言って、蓮の目を真正面から見つめる。
だが、その言葉に《血統チート図鑑》という言葉は出てこない。
あくまで“蓮の目利き”を見ている――そう、柏木は蓮の“反応”だけを観察していた。
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「……答えはすぐじゃなくていい。
ただな、蓮――いつかは選ばなきゃならない日が来る。
“金を選ぶのか、理想を選ぶのか”。お前の“競馬”がどこにあるか、だ」
そう言って、柏木は立ち上がった。
「また来る。……その時、お前がどう立ってるか楽しみにしてるぜ」
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牧場の風が、やわらかく吹いた。
蓮は木箱の中身を見つめながら、静かに呟いた。
「金じゃない。俺が見てるのは、“血の流れ”だ。
未来に繋ぐ――それが俺の競馬だ」
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その夜、《血統チート図鑑》に新たなページが追加された。
【未勝利牡馬(仮名):要調査】
【評価:血統爆発候補】
【出走:地方Cクラス→数日後/現地視察推奨】
蓮は、図鑑の画面を閉じると、荷物をまとめはじめた。
「この目で見に行く。俺の信念が、“間違ってない”ってことを確かめに」




