第17話:名もなき牝馬の未勝利戦。そして、因子の継承
1976年(昭和51年)5月9日(日)。
東京競馬場の空は、どこまでも澄みわたっていた。
【現在のクエスト】
● JRA馬主資格を5年以内に取得せよ(残り:4年11ヶ月と2日)
● 所持金:221,850円(前日比+145,000円)
● 今週の馬券使用:0円(観戦のみ)
(勝負の翌日は、静かに“確認”に徹する)
蓮は馬券を握ることなく、スタンドの上段から第5レースを見下ろしていた。
図鑑に表示された――ある一頭の牝馬。
今日、その馬が未勝利戦に出走する。
【マイネフェリシア】
牝3歳・未勝利戦出走予定
父:オンワードヒル 母父:パーソロン
【因子:スタミナ◎/気性難△】
【評価:カゲツスワローとの因子連鎖候補】
【備考:将来配合候補・黄金配合片翼/要勝利・要繁殖入り】
この馬が今日勝てば――未来の“系統確立”に繋がるもう一つの軸が立ち上がる。
だが、それを左右するのは“今”この未勝利戦のみ。
(俺は、何もできない。ただ見届けるだけだ)
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パドックに現れたマイネフェリシアは、
前走と違い、落ち着きのある歩様で周回していた。
(体は引き締まってる。目にも力がある。……今日は、やれる)
騎手は若手。だが――
**「ある人物に師事していたことで知られる騎手」**だった。
(昨日の勝ち馬の鞍上といい……偶然にしては多すぎる)
蓮は気づいていた。
少しずつ、“見えない線”が世界の中に浮かび上がりつつあることに。
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東京第5R・芝1800m
スタートは五分。マイネフェリシアは内枠を生かして、4番手でレースを進める。
前が作るハイペースにも冷静に対応し、3コーナーからジワジワ進出。
そして――4コーナーから直線へ。
先行馬がばてる中、鞭一発。
フェリシアの脚は、鮮やかに弾けた。
1着:マイネフェリシア(牝3)
タイム:1:47.9(良)/差し切り勝ち
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「……やった」
蓮は、スタンドの手すりにそっと手をかけ、目を細める。
それは歓喜ではない。ただ、
「この血が、まだ繋がる可能性を残せた」ことへの、安堵だった。
【血統チート図鑑 更新】
・マイネフェリシア:未勝利勝ち → 繁殖候補昇格
・“黄金配合片翼”因子保存
・将来的配合ルートに追加:カゲツスワロー連鎖
(今は、まだ何もできない。けど……少しずつ、繋がっていく)
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レース後、立ち去ろうとした蓮の前に、柏木が現れた。
「……お前、今日は馬券握ってねぇな」
「はい。……今日は、ただ見てただけです」
「その馬、“何か”あるのか?」
「将来、繋がると思ってるんです。
だから、負けて消えてほしくなかった。……それだけです」
柏木は短く煙を吐いた。
「お前さ、本当に不思議なヤツだよな。馬券師じゃねぇ。調教師でもねぇ。
……けど、“馬の未来”を考えて動いてる。そんな奴、滅多にいねぇぞ」
「まだ俺じゃ、何もできないです。
でも、できるようになる時のために――準備しておきたいんです」
柏木は少しだけ目を細めた。
「……今はまだ“見てる”だけ、ってやつか。
でもな坊主、そういう目を持つ奴は、強ぇぞ」