第16話:静かな闘志と、最初の覚悟
1976年(昭和51年)5月8日(土)。
空は青く澄みわたり、東京競馬場は初夏の熱気に包まれていた。
【現在のクエスト】
● JRA馬主資格を5年以内に取得せよ(残り:4年11ヶ月と3日)
● 所持金:76,850円(生活費等差引後)
● 今週の勝負予算:30,000円(全軍突撃)
(……これが、俺の“最初の勝負”だ)
蓮は、観覧席のベンチで深く息を吐いた。
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ここまで3週間。地道に勝ちを積み上げてきた。
だが――このペースでは到底、目標には届かない。
※現在の月収換算:2万〜3万円前後
→目標達成には×5倍以上の加速が必要
(このままだと、“追いつかない”。
勝負をかける時は、今だ)
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蓮が目を付けたのは、東京10R・八重桜特別(1600m芝)。
注目したのは――8番、タカノフライト。
3歳牡馬。前走は不利な外枠から4着。だがその走りに、蓮は確かな“意志”を感じていた。
【血統チート図鑑】
タカノフライト(父:バーバー/母父:ヒンドスタン)
→気性難あり/瞬発力型/重馬場苦手
→【東京良馬場◎】+【先行〜差し自在】+【精神:成長中】
→【騎手適性:今週乗り替わりでプラス】
そして、蓮はこの馬の騎手が“ある人物”の弟子であることにも気づいていた。
(調教師との関係も含めて、今回は“勝ちに来ている”)
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「……お前、また来てるのか」
レース直前、後方から渋い声がした。
柏木だった。作業着姿にサンバイザー、手には新聞と煙草。
「柏木さん。今日も?」
「ああ。馬の見送りついでにな。ついでに“坊主”の顔も見に来た」
「俺の、ですか?」
「“俊吾”が紹介してくるやつってのは、たいてい変な奴だ。
最初は、すぐ引く気だったよ。……でも、お前は少し違う」
蓮は少しだけ驚いた顔をした。
柏木はポケットに手を突っ込んだまま、言った。
「今日は、勝負だろ?」
「ええ。張ります」
「いい目をしてる。ただし――勝てると思うな。
“馬券”は、ただの金じゃねぇ。“意志”で握るもんだ」
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東京10R――八重桜特別
蓮は単勝・馬連・ワイドを絞って買った。
軸は8番・タカノフライト。相手は3頭。
購入合計:30,000円
配分:単勝5,000円/馬連15,000円(5,000円×3点)/ワイド10,000円(2,500円×4点)
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レースが始まる。
好スタートを切った8番は中団のイン。道中は折り合いもつき、3コーナーからスムーズに外へ。
4コーナー。前を行く逃げ馬の脚色が鈍り、外から8番が加速する。
最後の直線。伸びる――伸びる――
「……差せ!」
蓮の心が叫んだ瞬間、ゴール板を駆け抜けたのは、確かに――8番だった。
1着:8番
2着:10番(ワイド対象)
単勝配当:9.2倍/馬連:22.6倍/ワイド:6.4倍
回収額:
・単勝5,000円 × 9.2倍 = 46,000円
・馬連5,000円 × 22.6倍 = 113,000円
・ワイド2,500円 × 6.4倍 = 16,000円
→合計回収:175,000円
→差引収支:+145,000円
→所持金:221,850円
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「……やった」
震える手で馬券を握りしめ、蓮は小さく呟いた。
その後ろで、柏木が腕を組んで立っていた。
「馬を信じた目。展開を読む勘。賭け方の“軸”もブレてなかった。
……坊主。お前、ただの馬好きじゃねぇな」
その声には、明確な“評価”があった。
「けど――調子に乗るなよ。ここからが、本当の競馬だ」
柏木はそう言って、軽く手を上げた。
だが蓮は、気づいていた。
(今、明らかに――“見方が変わった”)
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その夜、蓮は図鑑を開き、未来の血統構想を再び描き始めた。
金を得た。
でも、それは目的じゃない。
今やるべきは、“種”を見つけ、“繋ぐ”ための布石を打つこと。