第14話:消える血、残す血――血統チート図鑑に走る赤い警告
1976年(昭和51年)5月2日(日)。
快晴。東京競馬場には、ゴールデンウィークの観客が押し寄せていた。
だが、蓮は今日もひとり、静かにノートと図鑑を見つめていた。
【現在のクエスト】
● JRA馬主資格を5年以内に取得せよ(残り:4年11ヶ月と9日)
● 所持金:72,200円(※生活費等差引後)
ここ数日、安定して収支を積み重ねてきた。
少額とはいえ、勝ち続けている――だが、蓮はなぜか胸の奥に不安を感じていた。
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その理由は、さきほど《血統チート図鑑》に現れた“赤いフレーム”だった。
【緊急通知】
《因子連鎖候補》カゲツスワロー(3歳牝)
引退見込み上昇中/能力未発揮状態
このままの状況が続けば、未来配合ルートは非アクティブ化されます
「……マジかよ」
蓮は思わず声を漏らした。
この一週間、地味に注目していたカゲツスワロー。
勝ち星はないものの、気性と健康因子に優れた血統構成。
将来的に“爆発力50超”の配合を築く中心となる――貴重な牝馬。
だが、未勝利での出走は今週でラスト。
それを逃せば即引退、繁殖にも上がらず、図鑑からも消える。
(……ここで消える? いや、そんなの、ありえない)
未来が変われば、才能は消える。
それが、このスキルの“本質”――そして、この世界の“怖さ”。
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図鑑をめくり直す。
【警告:非アクティブ化まで残り2レース】
※仮に出走回避/除外が発生した場合も、強制的に非アクティブ化
※自力で繁殖に繋ぐか、他者出資ルートを確保する必要があります
(……自分で、手を出すしかない)
だが、蓮はまだ馬主ではない。
直接購入することも、名義を通すこともできない。
「じゃあ、どうすればいい」
蓮は立ち上がった。
頭に浮かんだのは――前に謎の情報屋の男が言っていた言葉。
「馬を育てるのは、育てる“場所”を選ぶところからだ」
育てる場所。預ける場所。繋がる“誰か”。
そうだ、自分には馬主資格がない。でも、“誰かと組む”ことはできる。
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帰り道、蓮は競馬場近くの商店街の奥にある喫茶店へ足を運んだ。
そこには、先週に出会った“情報屋”――いや、“元馬育て”の男が、静かに新聞を読んでいた。
「なにかあったな」
蓮が席につくと同時に、男が顔を上げることなく言った。
「……見てもらいたい馬がいるんです」
蓮は図鑑を開き、カゲツスワローのプロフィールと配合ルートを見せた。
男はそれを一瞥し、煙草をくわえながら言った。
「いい脚元してる。気性も悪くない。だが――地味すぎる。普通なら、誰も手を出さん」
「だからこそ、消えるんです。このままじゃ、未来ごと」
「……」
蓮の目は真っ直ぐだった。
男は煙を吐いて、ぼそりと呟いた。
「預け先を紹介してやろう。うちの古い付き合いだ。
……ただし、お前が“血を継ぐ意味”を本気で考えてるならな」
「……考えてます。“今しか残せない血”だと、分かってます」
男はうなずくと、伝票の裏に小さなメモを書いて渡してきた。
「行け。あとは、自分で“口説け”」
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蓮はその紙を握りしめながら、夕暮れの路地を駆け出した。
(まだ馬主じゃない。……でも、もう俺は、この世界で“血を繋ぐ”責任を持ってしまった)
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