第11話:弟と姉と、ふたたびの再会。名義変更と未来の絆
1976年(昭和51年)4月25日(日)。
東京競馬場、昼過ぎの第7レース終了後。
【現在のクエスト】
● JRA馬主資格を5年以内に取得せよ(残り:4年11ヶ月と16日)
● 所持金:61,200円
昨日、資金を少し増やした蓮は、
この日は“馬券”ではなく“目”を鍛える一日にしていた。
あの男の言葉が、まだ心に残っている。
(育てる目……か)
育てるとは何か。
馬を走らせるとは、誰がどう支えているのか。
それを“見る力”を、自分の中に積み重ねていきたい――そう思っていた。
⸻
午後1時20分すぎ。
パドックでは、第8レースの出走馬が周回を始めていた。
蓮は柵に寄りかかりながら、黙って馬たちを観察していた。
そのとき、後ろから聞き覚えのある声がした。
「俊吾、少し前に行って見てきなさい。今日の相手はなかなか手強いわよ」
「うん、分かってる」
(……え?)
蓮はその声に反応して振り返る。
そこには、渡瀬葉月の姿があった。
そしてその隣に立っているのは、弟の俊吾。
葉月が蓮に気づき、ぱっと顔をほころばせる。
「水島くん?」
「こんにちは。偶然ですね」
「ええ、本当に」
そのやりとりに俊吾が気づいて、姉の視線を追って蓮の方を見る。
少しだけ首をかしげながら一歩近づいた。
「……お姉ちゃん、この人、知り合い?」
「そうよ。……この前あなたのレースを一緒に観たの、水島くん」
「あっ、あの時の!……よろしくお願いします!」
「こちらこそ。いいレース、見せてもらったよ」
⸻
少しして、蓮と葉月はスタンドの少し離れたベンチに並んで座っていた。
レースの合間、少しだけ静かな時間が流れていた。
「水島くん、最近もずっと競馬場に?」
「うん。毎日来てる。……今は、馬のことをちゃんと見たくてさ」
「ふふ、真面目ね。……でも、楽しそう」
彼女の言葉に蓮も自然と笑顔になる。
そしてふと思い出したように尋ねた。
「そういえば……俊吾くん、まだ“練習名義”で出てるんですね」
「……あ、気づいた?」
「うん。成績の記録、見てたら名前が違ってたから」
「鋭いわね。彼、来月には正式登録の予定なの。
今はまだ、育成枠の騎乗扱いで、名義は管理厩舎のままになってるの」
「でも、あの内容なら十分通用してますよね?」
「ええ。だけど、制度の壁ってやつね。
中央と地方の騎手学校出身ってだけで、いろいろと面倒なの」
蓮は小さくうなずいた。
「馬も人も、育てる“場所”が合わなきゃダメってことか……」
「……」
「最近、ちょっとずつ分かってきたんだ。
血統だけじゃ、勝てない。育て方次第で、馬は強くも弱くもなるって」
葉月は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにやさしく微笑んだ。
「……水島くん、すごくいい目をしてる。
この前会ったときより、ずっと“競馬の人”って感じがするわ」
「そう見える?」
「うん。弟にも、そんな人と出会ってほしいなって思えるくらい」
⸻
第9レース。
俊吾が騎乗するのは8番人気の馬だった。
だが、彼はペースを見ながら直線で内から粘り、見事に3着に食い込んだ。
蓮はスタンドから小さくガッツポーズを見せる。
葉月は弟のもとへ駆けていき、その背中を見ながら、蓮は思う。
(人が馬を育てて、馬が人を育てる。……そういう関係、きっと俺も築いていける)
なんだか、楽しくて一気に書いてます。
違和感あったら教えてください