2日目 愛海と義姉義妹
「駿ちゃーん! 愛海ちゃんが遊びに来たわよー!」
母さんの声が、2階の俺の部屋まで響いた。続いて、愛海の「お邪魔しまーす!」という元気な声が廊下に響く。
「はいよーっ」と返事をして部屋を出る。
昨晩、愛海から通話で「明日の授業は午前中で終わるから遊びに行きたい」と言われた。……目的は陽菜ちゃんと優香さんだろう。
愛海はまだ二人と会ったことがない。挨拶に行きたいと言っていたが、質問攻めされたら二人が疲れるだろうと思って今まで断っていた。
着替えを済ませてリビングに行くと、愛海がソファーで寛いでいた。
「待たせて悪いな」
「全然大丈夫だよぉ」
そう言いながら、手作り感のある手提げカバンから一つのお菓子を取り出す。
「これ、みんなで食べてー」
受け取りながら礼を言う。数週間前に日本に初上陸した、海外の人気メーカーのお菓子だった。ニュースで「可愛くて美味しい!」と話題になり、数時間並ばないと買えないらしい。
「これ、人気だろ? かなり並んだんじゃないのか?」
「そりゃ、オープンしたばかりの頃は数時間並んだけど、今は土日や祝日でもない限りは数十分で買えるよ?」
「いや、それでも結構並ぶな」
「若い子は流行りとか映えるものに敏感だからね! これはペンギンの形をしたスフレケーキなんだよ」
彼女は高そうな洋菓子を何種類も買ってきてくれた。夏合宿前に、こんなにお金を使って大丈夫なのかと心配になる。
「んで? 遊ぶって言ってたけど、本当の目的は優香さんたちだろ?」
俺の問いに、愛海は少し笑ってからカバンの中から見覚えのある資料を取り出した。
「もちろんそれもあるけど、夏合宿について話したくて!」
「夏合宿? 俺は行かないぞ」
「えぇ!? そんなぁ! ねぇ、行こうよ! 笑海リゾート! 絶対楽しいって!」
愛海はショックを受けた様子だが、俺の答えは変わらない。
「面倒なのが一番だが、お金がない。愛海はバイトしてるけど、俺はしてないからな」
「じゃあ、うちでバイトする? カラオケ店だけど」
「気持ちは嬉しいけど、やめとくよ。迷惑はかけられない」
本当に愛海の気持ちは嬉しい。でも、他人に甘えるわけにはいかない。それに、今から始めても給料日は間に合わない。
「迷惑じゃないのにぃ。しゅんしゅん、頭はいいからすぐ覚えられるんじゃない?」
何か引っかかる言い方だったが、聞かなかったことにした。
「いざとなったら自分でバイト探すよ。まあ、行く気はないけどな」
すると愛海はスマホを取り出し、LINEの画面を俺に見せてきた。
「せっかく、しおりんがしゅんしゅんと行けるの楽しみにしてたのにぃ。しおりんショックだよ?」
半信半疑でメッセージを見ると、確かに「駿君も来てくれるかな? 楽しみだね」と書かれていた。
「今週の日曜日、良かったら3人でランチどうかって言ってたのに。残念だなぁ」
「……夏合宿楽しみだなぁ!」と俺は勢いよく立ち上がった。
「え? でもさっき……」
「行くに決まってるだろ? 来月だろ? 日雇いでも探すか!」
スマホでリゾート情報を調べる。6万円あれば余裕がありそうだ。
「おい愛海。今週の日曜日、ランチ頼んだぞ!」
「う、うん。伝えておくね!」
そんな会話をしていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。
「ただいまー!」
リビングに現れたのは兄貴だった。
「あら、ゆうちゃんおかえりなさい。早かったわね」
「半休取ったんだ。母さん、ビールもらっていい?」
ビールを受け取った兄貴はリビングに向かってきた。
「ゆうくん、おかえりなさい! お邪魔してまーす!」
「おぉ、愛海ちゃん久しぶり。ゆっくりしてなぁ」
「兄貴、おかえりー」
「おぉ、駿。いたのか」
「おいっ! バリバリ目が合っただろ!」
「あ、そうだ愛海ちゃん。来週の日曜日、空いてる? 良かったら遊びに来ないか?」
「無視かよっ!」
「来週の日曜日だねっ! 空けておきますっ!」
そして愛海はプレゼントを取り出し、兄貴に渡した。
「結婚おめでとうっ! 末永くお幸せにっ!」
「おぉ、ありがとう!」
その後、颯太が帰宅。
「クックック。アンノウンクリエイターズの策略をくぐり抜け、ジャッジメントマスターが帰還した!」
「おかえり、そうちゃん」
「久しぶりだね、そうくん!」
「クックック。久しいな、シャイニングプリンセスアミ」
二人の中二病のやりとりに、リビングの空気が少し和む。
ジャッジメントマスターがそう告げると、愛海は下を向き、怪しい笑みを浮かべた。
「フッフッフッ。完全に力を消していたが、見破られていたとはな。さすがはジャッジメントマスターだ。恐れ入るよ」
ジャッジメントマスターは右手で野球ボールを握るような仕草をして左目に当て、左手でマントを翻すような動作をして語る。
「何を隠そうとも……この世のすべてを見通す『ジャッジメントアイズ』の前では、神であろうとこの我を欺くことはできない!」
シャイニングプリンセスアミは「フッフッフッ」と笑みを浮かべたまま、カバンから二つの小さな箱を取り出した。
「ジャッジメントマスターの活躍は聞いているぞ! 心と心が交わる永遠の儀式は、二人の愛が聖なる祈りとなり、精霊たちも祝福するだろう。これは、みんなの願いが結晶化したものだ。受け取るがいい」
そう言って、二つの箱を颯太に渡した。颯太は嬉しそうに受け取り、
「くれるの? 愛海姉、ありがとう! 大切にするね」
と笑った。愛海は「もう一つは優香さんのだからね」と付け加えた。……今までの茶番はなんだったのだろう。
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颯太が帰ってきてから三時間近くが経ち、時刻は十八時四十分を過ぎていた。だが、陽菜ちゃんが帰ってくる気配はない。心配になったのか、兄貴が颯太に尋ねた。
「なぁ颯太。陽菜ちゃんはまだ帰らないのか? 先週の金曜日も遅かった気がするが」
「クックック。青き瞳の精霊天使は、アンノウンクリエイターズの……」
「颯太、俺にもわかるように言ってくれないか?」
兄貴が颯太の言葉を遮ると、颯太は少し照れたように言い直す。
「教室で居残り勉強してたよ」
「そっか、なら良かった。ありがとう」
兄貴は安堵した表情を浮かべた。
(陽菜ちゃん、居残ってまで勉強してるのか。偉いなぁ)
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その後、優香さんと陽菜ちゃんが帰ってきた。愛海は嬉しそうに二人にプレゼントを渡す。
二人とも喜んでくれて、愛海は俺だけに「良かった」と笑いかけた。
夕飯を食べた後、愛海は帰宅した。