1日目−②
(ふ、不審者だ……!)
俺は心の中で叫んだ。
「ハロー! 皆さん。福・降臨祭や体育祭の準備は順調ですかぁ? 私考えました。今年から体育祭のネームをチェンジしようと! でも、今年の私は一段と忙しい。何故かって? 気になりますかぁ? あーっっ!!! やっぱり気になっちゃうぅ? NO! 教えてあげませーん! なぜならぁっ! これからぁっ! リフレーッシュ。そう、リッラァックスをするためにぃっ! ハワイのオーシャンにダァイブするからでぇす! そこで! 今に暇でスリープしそうな君たちにぃ、それを任せたいと思いまぁすっ! ではよろしゅうまい!」
突然現れて、体育祭の名称を変更するように要求された。言葉が終わると、男はスキップしながら会議室を去っていった。
マジであのおっさん何しに来たんだ? 会議内容が増えてしまったら、帰る時間が遅くなるじゃないか。てか、あいつ誰だ!?
「えーっと、ようは体育祭の名前を変えよう! ってことですね!」
菱川さんは困ったような声で続けた。
「で、ではぁ。体育祭の名前を変更か、スローガンが先か……どうしましょうか?」
「面倒だが、学長の指示を無視するわけにはいかないだろう。呼び方を変えた次にスローガンを考える方が効率がいいと思う」
向井の言葉で知ることができたが、さっきのやつが学長だったのか。俺は姿は見たことがなく、噂程度で、『少し変わった人』という風に聞いていたが、少し所じゃねぇだろ。
向井の言葉に、菱川さんはみんなに問いかける。
「みなさんそれでいいですか?」
その言葉に、「大丈夫!」、「やろうやろう!」などの声が会議室に響いた。
まじかよ……。
「では、5分間考えてもらって、その後に案を出してもらいます」
「「はーい!」」
こうして思考する時間が設けられた。勿論、俺はどうでもいいから、ボケーっとして、考えている振りをするだけだが。
「ねぇ、しゅんしゅん。何かいい案ない?」
「ない」
「即答!?」
突然の愛海の問いかけに、即座に返答すると、彼女は肩を揺らしながら、「ねぇ、ちゃんと考えてよぉ」と言葉を投げかけた。
「なら、お前が1つでも考えて、案を出してみろよ」
「まーたそんな意地悪するぅっ!」
そんなやりとりをしていると、急に甘い香りの香水が漂ってきた。この匂い……さっきも感じたな。
「愛海ー! 司会疲れるよぉ」
「しおりん、お疲れ様! 司会大変だよねぇ」
香水の香りを纏っていたのは、やはり菱川さんだった。
「大変だよぉ。なかなか決まらないしさぁ。私には向いてないよぉ。ーーあっ! さっきの優しい人だ! 愛海の知り合い?」
「うん。しゅんしゅんって言うの。そういえばさっき、しゅんしゅんと何話してたの?」
お? 俺のことか。優しい人だなんて……照れるぜ。
「別に? ただ挨拶をしただけだよ?」と、愛海に答えていた。
「ふーん。そうなんだ」
「そうだよっ」
その言葉から少し間が空く。フワッとした髪の毛の感触が、俺の耳に当たる。少しこそばゆい。
「ねえねえ、駿くん」と耳元で囁かれた。少しドキッとして、内心焦ったが、平然を装って「ん? どうした?」と返事を返す。
「体育祭の新しい呼び方のいい案なーい?」と、菱川さんは俺だけに聞こえるくらい小声で言ってきた。
愛海は、今のやりとりが聞こえていたみたいで、「しゅんしゅんに聞いても無駄だよ? 何も考えてないし」と言った。
「そうなの?」と、菱川さんはキョトンとした表情で俺を見つめてきた。俺は愛海を睨みつけながら言った。
「おいおい。勝手に決めつけるんじゃない。俺は愛海と違ってちゃんと考えてるぞ? 俺は天才だからな!」と、俺は力強く言った。
「ほんとぉ!? 助かるぅ! 発表楽しみにしてるねっ!」と、菱川さんは笑顔で言い、元の位置に戻った。一方、愛海はほっぺを膨らませながら「絶対に嘘っ! 何も考えてない」とつぶやいた。
そして、待ちに待った瞬間が訪れ、司会の2人が前に並んだ。
「じゃあ、案がある人からどんどん意見してくれ」と向井が言うと、その時に「ちょっと待ったぁっ!」という声が聞こえ、同時に扉が乱暴に開かれた。
声の主が姿を現すと、笑顔を浮かべていた人々の一部から笑みが消え、先程の活気も一気に失われたように見えた。
「俺たちも混ぜてもらおうか」と言い出したのは、扉を乱暴に開けた茶髪でロンゲの大男だった。その男は、取り巻きを4人連れている。
取り巻きたちは「ぐへへ」とか「ケッケッ」とか言いながら手首を鳴らしていた。
「や、大和……」と向井が口を開く。
向井に気づいた大和と呼ばれる男は、ニヤリとしながら向井の肩に肘を乗せる。
「これはこれは。向井君じゃないか。俺たちを省いてまでする話し合いは楽しいかぁ?」と言った。
向井は一歩下がった。
「くっ! なぜバレたんだ」と向井が不満そうに言った。
「なんでだろうなぁ? 友達は大事にしないとねぇ? 罰として俺たちと勝負してもらおうか」と大和がつぶやいた。
「あのっ! 今日の会議は私が決めたんです。向井さんは悪くないです」と菱川さんは顔を下に向け、声を絞り出すように言った。
「これは、こいつと俺らの問題だ。関係のないレディちゃんは引っ込んでてもらおうか。それとも、レディちゃんがこいつの代わりに勝負してくれるのかな?」と大和は言った。
なんかめんどくさそうな連中だなぁ。なんの集まりなんだろう? 気になった俺は愛海に聞いてみることにした。
「なぁ、愛海。あいつらは誰だ?」
「名前は忘れちゃったけど、西地区を縄張りにして、どこにでも現れる不良グループで、各スポーツのエキスパートらしいよ。不良に関してはしゅんしゅんと同じだね」と愛海は答えた。
あいつら、ここの学生かよ。それに、周りには中学校や颯太たちが通っている高校もあるから、絡まれないか心配だな。後、俺は不良じゃない。
「あ、兄貴! あいつら俺らの事を知らないらしいっすよ!」
「なんだって!? 自己紹介をしなきゃだな!」
げえっ! 俺の何気ない一言が聞かれていたようだ。結構声のボリュームには気を使ったのだが……あの坊主、地獄耳だろ。
その不良グループたちは向井たちに絡むのを辞め、こちらに近づいてきた。
俺の近くに来ると、大和はニヤニヤしながら、さっきの坊主に尋ねる。
「バネさん。この有名で恐れられている俺たちを知らないっていう、可哀想なやつはこいつか?」
「そうです兄貴! さっきのピンク髪の女と話しているのが聞こえました!」
「そうか。お前か。なら……」
大和の言葉を遮り俺は言った。
「俺じゃない。気のせいじゃないか?」
俺の言葉に、大和は少し後ずさる。そして、さっきの坊主の方を向いて話す。
「おい。バネさん、こいつじゃないみたいだぜ?」
「あれ〜、おっかしいなぁ。ピンク髪のやつが見えたから、こいつかと思ったんだけどなぁ。すいやせん兄貴」
「疑って悪かったな。詫びとしてはなんだが……」
あれ? ヤケに素直なんだな。実は根はいいやつなのか? まあ、今回の件に関しては、こいつらに伝えなかった向井が悪いしな。
大和は言葉を続けた。
「俺が直々に勝負をしてやるぜ!」
「なんでそうなるんだよっ!」
なんなんだこいつ! 戦闘狂かっ!? お詫びに勝負って、頭イカれてんのか!
「フッフッフッ。そう、遠慮すんなよ。勝負内容はお前が決めていいからよ」
一度何かの勝負をしないとしつこそうだな。適当に終わらせたいから、『指スマ』辺りでいいか。
「じゃあ……」と、俺が言いかけると、隣の愛海が、いらんことを言い出す。
「あっ! しゅんしゅん。思い出した! なんとか団っていう人たちだ!」
「なんとか団ってなんだよ! 全然知らないじゃねえかっ!」
「なんだってぇぇっ! 知らないのはお前のほうか! ピンク……。か、か、かわ、キャワイイィィッッッスッ!」
大和は愛海を見るなり、そう叫んだ。他の取り巻きも、「うぉぉっ! 可愛いぃっ!」と口を揃えた。
「よし、お前ら! いつもよりカッコよく決めるぞ!」と、大和が言うと、「うっす!」と再び口を揃える。
そう言うと、坊主頭の小さいやつは、少し後ろに離れた。そして、そこから走り出し、「とぉっ!」と、いいながら高く跳躍した。大和の右隣に綺麗に止まると、自己紹介を始めた。
「走り幅跳び担当! 跳躍のバネ!」
それに続くように、他のメンバーもパフォーマンスをしながら、自己紹介を始めた。
「サッカー担当! ストライカーのマル! キラーンッ」
「バスケ担当! メテオダンクのカゴ!」
「テニス担当! カゴの弟のヒゴ!」
「そしてこの俺が、リーダーの砲丸投げ担当! 大和!」
「せーっの! 俺たちは! 泣く子もチビる! エリート不良グループ! 『蹴投走打剣拳団』! ここに見参!」と、彼らが同時に名乗ると、部屋は支離滅裂な響きとともに、瞬時にカオスに包まれた。
サッカー担当はエアリフティングからのエアシュート。バスケ担当はエアダンク。テニス担当はエア素振り。大和はなぜかシャドウボクシングをしていた。
ちゃんとやったのはバネだけじゃん。スポーツのエキスパートと聞いたが、本当にそうなのか疑ってしまう。大和に関しては、砲丸投げとは関係ないし。
もしかしたら、お笑い芸人を目指しているグループかもしれないな。こいつらとは関わってはいけない類だと、俺の心の中で確信した。
名乗りが終わり、しばらくすると愛海は「おぉ!」と感心の拍手を送る。大和は「俺らはワルなんだ。カッコいいだろ?」と言った。
「あなたたちがどんな悪事を働いてきたかは知らないけど、不良レベルなら、しゅんしゅんの足元にも及ばないよ!」
また始まった、愛海の恒例の俺イジリ。あることないこと吹聴するせいで、周りの視線がどんどん痛くなっていく。そして、番長だの不良だの、はたまたロリコンだの……俺の属性は勝手に増やされる一方だ。
「なにっ!? 貴様が東地区の不良だと? 名を聞いておこう!」
驚きに目を見開く大和に、俺はすかさず否定する。
「おい、誰が不良だ。俺は真面目な一般人だ。こいつの言うことなんて真に受けるな」
俺の否定に、大和は悔しそうに顔を引きつらせながら言葉を絞り出す。
「くっ……。俺たちじゃ相手にならないってことか。でもな、俺らだって昔は悪かったんだぜ。高校時代、先生にテストの解答用紙を集めるように言われたとき、後ろのやつと前のやつの用紙をこっそり入れ替えて先生を困らせてやったんだ!」
「しょうもなっ!」
即座にツッコむと、愛海が「甘い! 甘いよ!」と自信満々に続ける。
「しゅんしゅんはね、先生にテストを配るよう頼まれたとき、なんと! 別の人に『面倒だから配っといてー』って丸投げしたんだよ! 最低でしょ?」
「「そうだ、そうだー! 最低!」」
なぜか周囲の女子たちが便乗してきた。……って、誰だお前ら!? いや、たしかに同じ高校だったかもしれないけど、同じクラスじゃなかっただろ!?
(まあ、正直覚えてないけど……)
そんな空気の中、大和は苦しげに「グオッ」と呻いて片膝を崩す。
「な、なんて悪いやつだ……。恐ろしくて想像もしたくないぜ。まさか俺たちと同等のワルがここにいるとはな……。ーー今日はこのくらいにしておいてやろう。また会おう、我らのライバルよ! 次は勝負だ! あばよ!」
「「お、覚えてろーー!!」」
捨て台詞を残し、彼らは慌てて会議室から去っていった。
(……結局、何しに来たんだあいつらは)
まあ、それは置いておくとして。
「おい、愛海。ちゃんとみんなに俺は不良じゃないって説明しろよ」
「えー? 不良グループを追い返せたんだから、別に良くない?」
「ふざけんなっ! お前の方がよっぽど悪質だろ、この魔女ー!」
「ごめんごめん。でも、あの場ではそうするしかなかったんだよー」
「もっとまともなやり方があっただろ! 少しは考えろ!」
なんやかんや騒ぎながらも、その後は真面目に会議を進め、体育祭の新たな名前は『笑門スポーツフェスティバル』に決定。スローガンや種目、降臨祭については、また後日改めて話し合うこととなった。