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1日目ー① 幼馴染と会議


「行ってきまーす」と言いながら、家のドアを閉める。


 優花さんと陽菜ちゃんが柴田家にやってきて、既に約3ヶ月が経過していた。


 優花さんは、非常に高いコミュニケーション能力を持ち、家事も率先して引き受けてくれる頼もしい存在だ。家族ともすっかり打ち解け、馴染んでいる様子が伺える。


 陽菜ちゃんはまだ家族に馴染めていない様子だ。自発的に話に参加しようとしない。まあ、あの家族に入り込むのは容易ではないだろうが……。


 俺が話しかけても無視され、にらみつけられる。恐らく陽菜ちゃんは非常にシャイな子なんだろう。これから少しずつでも慣れてくれたらいいな。


 俺が門扉に手をかけると、ちょうど声がかかった。


「しゅんしゅん、おはよう! ちゃんと起きれて偉いね!」

「ああ、おはよ。お前が鬼電するからだろ」


 門扉の外から、声をかけてきたのは、幼馴染の内田愛海だった。

 愛海とは幼稚園から今の大学までずっと一緒で、家族ぐるみの付き合いがあるほどの仲だ。家も隣で、小さい頃からよく一緒に遊んでいた。

 

 愛海は社交的でいつも元気いっぱい。誰にでも優しく、どんな人に対しても分け隔てなく接するので老若男女問わず人気者。

 流行りに敏感なオシャレさんで、その時々の流行りに合わせて髪型や髪の色などを変えるほどだ。現在の髪色はピンクで、2wayバングっていうやつらしい。俺にはロングヘアーとの違いが分からないが。


 まあ、飽きもせず、こんな俺なんかに絡んでくる変わったやつだ。


 愛海は腰に付けているものを、俺に見やすいように手に取りながら話し始めた。


「ねぇねぇ、見て見て! 豚さんの編み物! 徹夜して作ったんだぁ!」

「相変わらず上手いな、その編み物。んで? こんな朝早くから俺に何の用だ?」


 昨日、愛海から『明日の朝7時30分までには起きるように!』と、LINEが来ていた。そして、今日の朝早くに、鬼電が来ていた。呼び出された理由は知らないから、財布と携帯電話しか持ってきてないが。

 

「さぁ! しゅっぱーーーっつっ!」

「無視かよっ!?」


 何の事情も知らずに、愛海について行くと、俺たちは通っている私立笑門福来大学に到着した。俺は改めて愛海に尋ねる。


「なぁ、いい加減教えてくれよ。朝早くから大学に来る理由を。今日って日曜日で大学休みだろ? まず入れるのか?」


「うん、ちゃんと許可は取ってあるよ! 今日はね、私たち『福・降臨祭実行委員会』と『体育祭実行委員会』が合同夏合宿に行くから、その会議をするんだよ!」

 

「なるほどな。そうなら最初からそう言ってくれればよかったのに。それに体育委員のやつらと合同夏合宿を行うのも初耳なんだが?」


『福・降臨祭』ってのは、俗に言う学園祭のことだ。最初はただの『学園祭』と呼ばれていた。


 でも、去年学長が就任してから、『捻りもユーモアのない学園祭などクソくらえ』って言って、今の名前になった。


「だってぇ、しゅんしゅんに大学に行こうって言っても来ないじゃん」


「俺をなんだと思ってるんだ。行事のためなら俺は行くぞ? ーーまあいいや、入ろうぜ」


「うん! 楽しみだね!」

「楽しみではない」


 人気ひとけのない静寂な廊下をひたすら歩いていると、半開きのドアが見えた。その隣には、遠くからでも見えるくらいの文字で『第4回 福・降臨祭&合同夏合宿会議』と書かれた案内看板があった。


 半開きの扉を開けると、広々とした会議室が現れた。天井は高く、白い照明が明るく輝いている。壁は落ち着いた色合いで装飾されており、平静な雰囲気が漂っている。

 無数の長いテーブルが、会議室の中央に円を描くように配置されており、椅子が周囲に並んでいる。

テーブルの上にはプロジェクターや資料が用意されており、準備が整っている。

 

(初めて参加したけど、かなり本格的なんだな。てか、夏合宿は来月じゃないか? 間に合うのか心配だな。)


「あーっ! 愛海ー! おはよう!」

「みんなおはよう!」


 愛海は声をかけられ、挨拶をしながらその方に向かった。


 時計の針は7時52分を指している。8時から会議が始まると思っていたけど、まだ5、6分ほど暇だな。時間を潰そうにも、愛海本人は別の人と話しているし。先に資料を見たいけど、どこに座ればいいのか分からない。


 俺は退屈なので、意味もなく壁に寄りかかる。すると、次々と人が会議室に集まってきた。


「よろしくお願いしまーす!」

「みんなでいい思い出を作ろうねー!」

「みんなで楽しもう!」

「今年も盛り上げるぞぉ!」などと言った前向きな言葉が、会議室にいる人々の士気を高める。


 みんな朝からテンションが高くてすごいな。俺は眠いし、早く帰りたい。そんなことを思っていると、コツコツと足音が近づいてくることに気づく。


 音の方向をちらっと向くと、2人組の女性が俺に話しかけてきた。


「私たちの急な呼びかけにも関わらず、ご対応いただいてありがとうございます。ご迷惑ではありませんでしたか?」


 そう言ってきたのは、茶髪のウェーブロングで、服装はフリルが重なったようなふわふわした白いブラウスに、2ボタンプリーツミニデニムスカートという今風の女性らしいファッションの女性だった。

 柑橘系の香水の良い香りがただよってくる。


「いや、全然大丈夫だよ。いい会議になるといいね」と、ニコッとして返答した。


「ありがとうございますっ。今日は色々と決めたいことがあるので、お時間が許される限り、お付き合いください」


 そう言ってきたのはもう1人の女性だった。彼女の髪はボブカットで、軽やかな動きとともに彼女の顔を彩っていた。彼女の服装は上品な花柄のブラウスとスカートで、女性らしい柔らかな雰囲気を醸し出している。


 2人の女性にそう言われ、気分が高まり、胸が躍る思いがした。


「そんなに堅くならなくても大丈夫だよ。リラックスしてやろうよ。ラフに行こう」


「そうだね! ……じゃなくて、うん! 頑張ろう! またね!」


 俺が「あぁ、頑張ろう。またな」と言うと、彼女たちは一礼をしてその場を離れ、他の人にも同じように声をかけに行った。


 ふふっ、会議は最高だな。次も機会があったら参加しよう。


 それにしても、あの子たちは一人ひとりに挨拶して回っているのか。律儀だなぁと思っていると、愛海がこちらに近づいてきて言った。


「ねぇ、しおりんたちと何を話してたの?」

「しおりん? 別に何でもいいだろ」

「何でもよくない!」


 愛海はほっぺを膨らませながらそう言ったが、ただの挨拶だった。俺が愛海をなだめようとすると、入り口の方でみんなに向けた言葉が聞こえてきた。


「すみませーん! 時間ですので、会議を始めたいと思います」


 その声の持ち主は、先ほどのウェーブロングの女性だった。それを聞いた人たちは、分断するように座った。


 観察すると、系統的に学園祭チームと体育祭チームで分かれている感じか。愛海は「私たちはこっちだよ」と言いながら、俺の袖を引っ張って移動を促した。


 俺が座ったのは、司会者とちょうど反対側の席だった。司会をするのはウェーブロングの女性と、黒斑の丸眼鏡で短髪の男だった。


「改めて自己紹介をさせていただきますね。司会進行役を務めさせていただきます! 体育祭実行委員会の菱川詩織です。みなさんよろしくお願いします!」


(詩織? あぁ、愛海が言ってたしおりんって、菱川さんのことか)


 菱川さんの自己紹介が終わると、隣にいるメガネの男が「向井だ。よろしく頼む」と自己紹介をした。


「では、以前の候補とは別に、良さそうな場所があれば言ってください」と、菱川さんは言った。挙手した人々は、愛海を含めて3人だった。発言の順番は時計回りに進行することになり、愛海は最後になる。


 黒い眼鏡をかけた元気な女性が早速発言した。


「せっかくの夏ですからね! 昼は海で遊んで、夕方はみんなでバーベキュー! 安全面も重視して、グランピング施設の『笑海リゾート』がいいと思います!」


「笑海リゾート素敵ですねっ! 大人気なので予約が取れるか心配ですが、候補に入れましょう!」


 菱川さんは、コメントをしながらホワイトボードに書き記す。「では、次の人どうぞー!」と呼びかけた。


 次は、黒髪ツーブロックの男性だった。


「夜にキャンプファイヤーと肝試しもやりたい。安全面を確保できて、値段も安く済む『笑林山コテージ』を俺は推したい」


 その男性の提案に、周りの女性からは、「食材の衛生面が心配」という声や、「虫が嫌い」という声がチラホラ聞こえる。特に虫に対する嫌悪感が周囲に漂っていた。


「確かに虫の問題が出てきますね。私も虫は苦手ですし……。キャンプファイヤーと肝試しはどこかに組み入れましょうか。じゃあ、最後は愛海だね」


「はい! みんなの意見をまとめると、虫が嫌い、お金の問題、食材の衛生面の問題があるんだよね? 私は、全ての問題を解決できる場所を知ってるよ!」と、愛海は自信満々に言う。


 へぇ。そんな場所があるのかぁ。兄貴が「夏休みに、笑海リゾートに家族で行くか」と言っていたが、そんな場所があるなら、提案してみるか。


「どこなの?」と、菱川さんは聞き返す。


「しゅんしゅんの家です!」


「あぁ。確かに俺の家なら、無料だし、ここからも近い。それに、大きい冷蔵庫もあるから、食材を腐らせる心配もない。庭でバーベキューもできるし、虫もそんなに出てこないしな。確かに一理…………。ねぇよっ!!!」


「いいじゃーん。しゅんしゅんの家、すごく広いし、歩いて行ける距離だから、お金がない人も来れるし。虫の心配もないよね?」


「駿君の家ですね。候補に入れときますね」

「別に心配の要素が多すぎるんだよっ! なら、お前の家も候補に入れろよ! 菱川さん! 入れなくていい!」


 愛海の案を期待した俺がバカだった。お母さんは歓迎するだろうけど、俺の聖域を荒らされるわけにはいかんからな。


 菱川さんは本当にホワイトボードに俺の家を書いていて、シブシブ消した。勘弁してくれ。


 こうして意見が出揃った所で、どこに行くかの話し合いが始まった。


 数十分の話し合いの結果、結局『笑海リゾート』で、日程は8月17日に決まった。新幹線の移動のみで行ける場所で、安全性が認められることからその場所が選ばれた。


 意外と早く終わったということで、次は体育祭のスローガンを決めるらしい。おい、愛海。聞いてないぞ。


(まあ、夏合宿みたいに早く終わればいいけど。あーあ。さっさと帰りてぇ)


 俺は机に頬杖をつきながら、心の中でそう願っていたその瞬間だった。


 コンッコンッ。と、誰かが扉をノックする音が聞こえた。そして、重い扉が「ガゴンッ!」っという音を立てて開く。


 そこに現れたのは、星型のパーティーサングラスに、青色のギラギラした服を着こなした中年の男性だった。

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