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第9話 支え合う森

 そうして時間は過ぎ、ある日リーダー格のオークが森の広場に仲間を集め、重要そうな話を始めた。集落のほぼ全員がそこに集まっている。若い者から老人、経験豊富そうな戦士と思しき者まで、ひとり残らず顔を揃えている様子だ。私はその輪の端っこに座り、何もわからずただ見つめていた。自分も何か貢献できるならしたいが、それが何で、どうすればいいのかさっぱり見当がつかない。


 やがてリーダー格は低い唸り声とともに、一枚の毛皮に描かれた“地図”らしきものを広げて見せる。そこには森を中心として、川の位置や険しい崖のマークらしき図が簡単に描かれている。オークたちはその地図を一同で覗き込み、難しげな表情を浮かべながら色々と意見を交わしているようだった。指さす先を目で追うと、おそらく森の北側や東側に)人間の勢力圏があるのだろう。ギルドの拠点や、そこに繋がる街道までがざっくりと記されている風に見える。


 気配を察してか、リーダー格は私に視線を向け、一度地図を示してみせた。もちろん、私が地図を見ても詳細はつかめないが、何となく危険地帯と安全地帯を説明しようとしているのがわかる。“ここはまだ人間の手が伸びていないエリアだ”“こっちは昨夜、敵が偵察にきた可能性がある”――そんなことを、オーク特有の低くうねる声で伝えているのだろう。これを理解できれば、私も自分や仲間を守るための行動をとれるかもしれない。


 オークたちの会議は長く続く。ときには大声が飛び交い、一部が「グルァッ」と怒鳴り合ったり、あるいは子どもが泣き出して大人のオークがあやしたりする。その光景は無秩序のようでいて、要所でリーダーが落ち着かせるために声を張り上げ、最終的には一つの方向性をまとめていく。興奮と冷静が入り交じる不思議な会議に私は圧倒されるばかりだった。


 どうやら結論としては、“できる限り森の奥深くに陣地を移し、安全を確保すべきだ”という意見が出されたようだった。完全に移住するかは別としても、一時的に遠征キャンプのような場所を作り、防御を強化して敵を寄せつけない工夫をする――そんなイメージらしい。広場にいたオークたちは、一様に緊張した面持ちで頷き合い、道具を準備し始めた。人間から逃げ回るだけではいずれ限界がくるとわかっていても、集落まるごと襲われれば、また多くの命が失われる危険が高いのだ。


 私が自分にできることを模索していると、ふいに隣から声をかけられた。見ると、先日名前を教えてくれたグルドが立っている。彼は私をじっと見つめ、親しみのこもった目で「グラ、パカラ?」と問いかけるように首をかしげた。真意こそわからないが、あとに続く動作で何となく意図が読み取れる。どうやら“一緒に来るか?”と問うているようだった。オークが住み慣れた森の奥に拠点を作る際、私も動向すべきだ、という提案なのかもしれない。


 ここで断る選択肢はない。私は苦笑いしながら、彼の腕に手を添え、「グフ……」と短く気の抜けた声で相槌を打つ。するとグルドは「グアッ!」と嬉しそうに叫び、私の背中をバシバシ叩く。痛い。そして周囲のオークたちからもクスクスと笑い声が起きる。どうやら変わり者の私を仲間に迎えるのは、そこまで悪いことじゃないらしい。たとえそれが彼らの都合だとしても、少なくともこの森で孤独に彷徨い死を待つよりは、はるかに希望が見える。


 翌日から、集落の雄オークたちは森の深部に下調べを兼ねた遠征に出発した。リーダーやグルド、その他武術に長けた者、およそ七、八名ほどがメンバーとなり、獣皮の袋に食料や簡易的なテント用の布を詰め込み、早朝に集落を出た。私はその様子を見送りつつ、少し寂しさを感じる。どうやら私を連れて行くつもりはないらしい。そりゃそうだ、私はまだ歩くのも怪しいし、戦闘になっても役に立つ保証がない。回復魔法はあくまで“後方支援”でしかないのだろう。集落に残った者たちは、幼いオークや年老いたオーク、それに私や雌オークたち――比較的戦力になりにくい面々だ。


 彼らが無事に戻ってくるまで、私に課せられる役目は傷病人のケアと、残された子どもたちの相手など、いくつか雑用をこなすことだ。とはいえ、忙しさで気が紛れるのはありがたい。寂しさや不安を抱え込むだけでは、前に進めない。雌オークたちも私を積極的に手伝わせようとはしないが、「これはこうやってやるんだよ」というように身振りで教えてくれることが増えた。たとえば、大きな葉と木の幹を組み合わせて雨よけの屋根をつくるやり方や、肉類を野菜の絞り汁につけて保存を延ばす工夫など、私が知る日本の調理法とは異なるアイデアが盛りだくさんで、興味深い。


 なかでも、幼いオークたちと過ごす時間は、私にとって意外に心癒されるひとときだった。集落の隅で遊ぶ子どもたちは、私の耳を笑いながら触ってみたり、鼻のあたりを面白がって突っついてみたりしてくる。私も負けじと、彼らをくすぐったり、拙いオーク語を真似しながら変な声を出して笑わせてみたりする。最初はおっかなびっくりだった子どもたちも、日に日に私になついてくれるようで、「ガルル」「グルグ」と嬉しそうに声をあげては、木の枝で作った人形や石のオモチャを見せてくれる。


 ――こうして、私は少しずつ“母”というより、同じ集落で生きる仲間の一員になりつつあるのかもしれない。母性とはまた別の、身近な優しさや連帯感が、この森の中には満ちている。もちろん問題がないわけではなく、雌オーク同士の牽制や些細なトラブルも多い。けれど人間社会にあった陰鬱で冷たい家庭事情よりは、ずっと乾いた、しかし率直なコミュニケーションがあるように感じられた。

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