第34話 絶望の地に宿る誓い
歯を砕くほどの激痛が全身を襲い、脳内が焼かれる。このまま死ぬのかという恐怖をこらえ、最後の力で光を注げば――やがて装置の振動がますます激しくなる。ヒビの入った金属部品がガタつき、バインバインと嫌な音を立て、そこからマグネシウムのような閃光が迸った。私はそれに巻き込まれる形で吹き飛ばされ、地面に背中から叩きつけられる。視界がグラグラ回り、気を失いそうになった。
「ぐあっ……は……っ……」
息ができているのかどうかも覚束ない。耳鳴りが脳を割るように響き、呼吸をするたびに胸が痛む。ああ、やっぱり無謀だった。後悔の念が走る一方で、遠くからラミアたちの声が聞こえる。どうやら彼女たちが駆け寄ってきてくれているのだ。
「グアッ、グフッ、グラア……!」
泣き叫ぶような声。痛みで意識が薄れかけるも、なんとか粘って瞼を開く。その瞬間、目の片隅に、装置の柱が放電を撒き散らしながら軋みはじめるのが見えた。いくつものスパークが枝状に走り、地面に接触した先で何かが爆ぜる。次の瞬間、ドゴォンと腹に響く衝撃音とともに爆発の火花が舞った。装置の上部が吹き飛んだのか、金属片が乱舞し、吼える電撃が闇を照らす。
「やった……?!……」
言葉にならない声が喉に絡む。どうやら私の“回復魔法”が装置の回路を変異させたのか、あるいは乱流を起こして自壊させたらしい。魔力の影響を想定していなかったのか不明だが、ともあれ数秒ほど閃光と深い爆音が続き、金属柱は大破した。周囲に焦げた金属の臭いと黒煙が立ちこめ、地面には火の粉が広範囲に散っている。
そして、それに伴うかのように空気中のビリビリした磁場の感覚が薄れ始めた。私は背中の痛みに耐えつつ、荒い息を吐いて周囲を確かめる。ラミアが涙目で私にすがりつき、ほかのオークたちも驚愕の眼差しを向けている。どうやら、これで“装置”は無力化できたらしい。
「グラッ……グフッ!!」
仲間のオークたちの喜びや安堵の唸り声が聞こえ、私も思わず苦笑交じりに頷く。しかし、全身がまるで熱鉄をこすられたかのように痛い。呼吸するだけで肋骨がきしむように悲鳴を上げる。――それでも、生きてる。ラミアが必死に私を支えてくれるので、なんとか意識を取り戻したまま上体を起こすことができた。目の端で見ると、ばらばらに飛んだ金属片や火花は、もう威力を失っている様子だ。驚くほど奇跡的だった。
(これで、森のスタンピードが少しは収まるのかな……)
胸にかすかな希望が芽生える。少なくともこの装置一つは破壊した。だが、まだギルドは他の区域に多数の兵器を仕掛けているはず。悲惨な戦火を全面的に止めるには、同じような戦いをあといくつ繰り返せばいいのか。嫌でも想像するだけで頭が重くなる。
その時、降り注ぐ灰の中から飛び込んでくる影があった。耳を劈くような怒声と共に、鋭い一撃が私たち目掛けて突っ込んでくる。ギルド兵だ――装置破壊を察知したのか、それともここに潜んでいたのか。驚くほど素早い踏み込みを見せ、手にした剣を横薙ぎに振る。私は体が回復しきらず、咄嗟に避けることができない。
「――っ!」
咄嗟にラミアや他のオークが割って入り、防御してくれた。だが一刀の衝撃が重く、弾かれたオークが倒れ込み、短いうめき声を上げる。私も振り向いて何とか武器を持とうとするが、感電の余波で腕がしびれている。兵士は迫力ある声で叫びながら追撃しようとしたところ、雄オーク数名が怒涛のタックルを仕掛け、地面へ組み伏せる。そのままゴロゴロと転げ回る乱戦だ。どちらが上を取るかわからないほど拮抗している。
「ああっ……!」
私は声をあげながらも立ち上がれず、ただ見守らざるを得ない。背筋を粟立たせる斬撃音、獣じみた唸り、兵士の悲鳴が混ざり合う。最後に雄オークが耳を裂くような叫びを放ち、兵士の体を力任せに押し潰した。骨が砕けた鈍い音に、私の心はまた悲しみと恐怖で締めつけられる。瀕死の兵士はかすかに苦しげな声を漏らし、ぴくりとも動かなくなった。
ラミアが怯えたように私を振り返り、目に涙を浮かべる。私も感電と衝撃、そして精神的ショックで動悸が止まらない。――恐ろしい。けれど、私たちがここで倒れていたら、装置は無傷のまま森を地獄に変えていただろう。それを思えば、この血の犠牲は防ぎようもなかった。自分の無力さと、この狂った世界に嫌悪を覚えつつ、私はひしゃげた柱跡を見つめて、かすかな成就と共に唇を噛む。
(ごめん、もう止まらないんだ。誰かを殺さなくては、逆に全ての仲間が死んでしまうかもしれない……)
まだ戦いは終わっていない。私の胸を穿つ事実。いくつもの装置が森を覆い、ギルド兵が血を求めてさまよう。スタンピードの炎はますます激しく広がるだろう。この先に待つ戦火は、さらに凄まじいものになるに違いない。――それでも、私にはこのオーク仲間を見捨てる選択はあり得ない。たとえ夫かもしれない男が関わっていようと、理不尽を押し通す敵が目の前にいようと、私はもう何も譲れない。
うずくまる私の背中をラミアが支え、他の仲間も寄り添ってくれる。装置を壊せた喜びと、目の前の凄惨な屠殺が交錯する光景に、涙が勝手に込み上げる。だけど、まだ泣くわけにはいかない。生きるための戦いが“本番”を迎えようとしている――そんな不吉な予感が、燃え落ちる金属の残骸から立ち上る黒煙に乗って私の胸を突き刺す。
そして私は奥歯を噛み締め、崩れそうな体で立ち上がる。黒煙の彼方から、野太い咆哮と、巨大な影――おそらくはスタンピードに巻き込まれた大型魔物が荒れ狂っているのだろう――が揺らめいて見えた。ギルドの大部隊がそれを仕留めようと繰り出して来るのか、それともこちらが先に動き、さらなる装置を叩き壊すか。いずれにせよ、苦難の道は続く。
「みんな……行こう。私たちは、まだ終わってない」
ズタボロの体で、私はオーク特有の低い地鳴りのような声を出し、仲間へ呼びかける。確実に死線へ飛び込む選択だ。それでも、ここでやめるくらいなら、私は最初から“オークの母”として名乗りを上げなかっただろう。ラミアたちも一瞬迷う素振りを見せるが、すぐにうなずき、震える手で私の腕を支える。
こうして燃え殻のような装置の残骸を背に、私たちは次の戦場へ歩を進める。想像される地獄の深みへ、自ら足を踏み入れるように――。しかし、その足の下には、私のかすかな確信が宿っていた。もし他の装置を破壊し、ギルドの企みを砕ければ、スタンピードを少しは沈静化できるはず。仲間や森を守る鍵がそこにあるなら、進むしかない。壊れかけの魔力と、“母”としての執念が、私を最後の一歩へ駆り立てるのだ。
夜空には、血と炎の狂乱を嘲笑うかのように、鈍い赤い月が浮かんでいる。これが終わるころには、すべてが廃墟かもしれない。それでも、胸の奥に宿る小さな光――“絶対に守り抜く”という灯火――は、まだ消せない。私は仲間を見回し、言葉にならない誓いを噛みしめながら、重く足を踏み出した。