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第33話 命の賭場

「……試す価値は、ある」


 呟きざま、私はラミアやほかのオークたちに合図する。できるだけ静かに、柱の近くへ迂回しようという作戦だ。そこまでたどり着けば、私が魔力を注ぎ込んで“回復”を無理やり流し込み、何らかの内部異常を誘発できるかもしれない――。愚策かもしれないが、何もしなければ森全体が焼き尽くされる。私にはもう、必要十分な寝床も戻るべき家庭もない。ここでやらねばならない、と強く思った。


 仲間も渋々ながら頷き、息を殺して柱の周囲を見回す。幸い、防衛のためのギルド兵たちの姿はまばらなのか、さっきのエリアほど密集している気配はない。ただし油断は禁物だ。もし騎士か魔法使いが潜んでいれば、一瞬で反撃を喰らって全滅しかねない。私たちは足を引きずるように進み、倒木の陰を辿って少しずつ距離を詰めていく。金属柱の霧散する稲妻を直視すると、心臓が縮むようだ。ラミアは瞳を固く閉じ、他のオークたちも顔を引き攣らせる。


 途中、仲間の一人が地面の炭化した枝を踏んでパリッという音を立てた。全員が凍り付く。周囲を警戒していた人間が気づいてしまうかと息を凝らすが、運よくこちらまでは音が届かなかったようだ。私は背筋を硬くしつつ、必死で前進する。魔力を集中して、いざとなれば回復魔法を解き放つ心構えだ。自分の体も限界が近いが、やるしかない。そして10メートルほどまで近づいたところ――。


「……う」


 私の足が止まる。そこには防具をまとった人間が横たわっていた。まだ息があり、苦しそうに胸を押さえている。血まみれで鎧がひしゃげ、腕には奇妙な痣が浮かんでいる。おそらく装置の電流や魔力に触れ、半ば感電しながら戦闘をしてしまったのだろう。見れば顔の半分は焼け(ただ)れており、もはや形をなしていない。だが彼は、薄れゆく意識の中で私を見て何か言おうとしている。


「う、ぁ……た、たす……け……」


 弱々しい声。冒険者かギルド兵かは分からないが、いま私を見るその瞳には純粋な“助けて”が宿っているように思えた。私の中に芽生えるのは矛盾だ。――オーク仲間を血祭りにあげてきたギルドの一味を、わざわざ救う義務があるのか?けれど、相手は人間とはいえ息絶えそうな個体だ。見捨てるのは挑戦的で、心が拒絶を示す。ボロボロの私でも、せめて死の苦しみから救ってやれるかもしれない。


 ラミアやほかのオークたちは複雑な表情を浮かべ、私を見つめる。どうする――ほんの数秒の迷いが、嵐のように心を掻き乱す。そして私は、短く「グルッ」と唸り、回復魔法の手を彼の身体にかざした。どこかで“敵を助けてどうする”という声が頭を(よぎ)るが、全霊をこめて魔力を注ぎ込む。すると、彼の焼けた皮膚がじわりと癒え、苦しそうな息がわずかに整う。会話が通じないまでも、見捨てるのは簡単すぎた。私はこの世界でオークになってしまったが、母としての“救い”だけは捨てたくなかったのだ。


「……あ、がと……」


 辛うじてそんな声が漏れる。圧倒的に力を持つ冒険者集団に虐げられる立場の私がこの人間を救ったことは、なんとも言えない皮肉ではあった。ラミアが切なそうな顔で私を見て、他の仲間もマゴついた様子だ。けれど、彼らも無理に私を止めようとはしない。多分、彼らもまた、何が正しく何が間違いか分からないまま、ともかく私の行動を受け容れてくれているのだろう。私はそっと目を伏せると、朦朧(もうろう)としたその人間の横をすり抜け、装置に向けてさらに数歩進む。


 すると、距離が数メートルというところで、ピシリと耳障りな放電音が鳴った。視界が赤と白の光で急にチラつき、思わず体が震える。装置の根元では、焦げた大地がひび割れており、黒い黴のような膜が大地を覆っている。立ち込める臭いは獣の死臭よりも、鉄やオゾンの刺激臭が強い。――こんなところで触れれば、ただでは済まない。けれど、私は深く息を吸い込み、魔力を渦巻かせるイメージを頭に描く。


(回復魔法は、生命を繋ぎ止めるもの。それを、こんな無機質な存在にぶつけたらどうなるの……)


 わからない。どうなるかなんてまるで未知数だ。もしかすると私自身が感電して焼け落ちるかもしれない。だが、ほかに手段らしい手段はない――。意を決した瞬間、私は両手を装置の金属面へ押し当てた。すぐに腕をたどる激痛が津波のように襲う。バチバチというスパークが手のひらで散り、一瞬目の前が真っ白になるほどの衝撃だった。


「ぐぁああっ……!」


 思わず雄叫びのような声が出る。感電しているのか、筋肉がビクビクと痙攣(けいれん)し、泣きそうになるほど痛い。だけど、それでも“回復”の魔力を流し込まなければ――!歯を食いしばり、意識が飛びそうになるのをこらえ、頭の中で「繋ぎ直せ、繋ぎ直せ」と念じる。血管や神経を再生するイメージを、自分の身体ではなく、この金属柱へと通そうと試みる。理屈はわからない。ただ生命力を注ぎ込むように瞑想する。


 激痛のなか、何かが“接合”するような感触がした。装置がプツンと音を立てて強く放電し、巨大な火花が私の肩をかすめる。ラミアの悲鳴が背後で響くが、もう後には引けない。意地でも魔力を込め続けてやる。すると、徐々に装置の光が不規則に点滅し始めた。出力が乱れているのか、稲妻があちこちへ散り、柱の金属が震えるような振動を発し始める。まさか、本当に何らかの誤作動を誘発している……?

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