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第3話 異世界の夜

 今日はどこに泊まればいいのだろう。集落に案内してくれたオークたちは、走り回る子どもを制止したり、困り顔の私に水や肉を差し出したりと、何かと世話を焼いてくれる。あまりにも言葉が通じないので、片言の発音を真似してみたり、指差しや身振り手振りを多用したりと、私としても精一杯だ。最初こそ警戒されたものの、どうやら完全に“よそ者の敵”というわけでもなさそうだと、周囲の雰囲気からなんとなく感じとれた。


 私は座り込んだまま、集落の全体を観察する。質素な小屋が十数棟ほど寄り集まっているが、その一つ一つは板切れや獣の骨、皮を組み合わせた簡素な作りだ。地面も整備されておらず、足元はでこぼこ。中央には焚き火の跡と小さな囲炉裏のような石造りのスペースがあり、数人のオークがそこに薪や炭を運んでは料理をしている様子だ。


 なんとも原始的というか、まるで太古の集落を切り取ったような光景で、私のような“現代日本”の価値観を持つ人間からすれば、正直戸惑うばかり。だけど、彼らの生活にはちゃんとした“コミュニティ”があるのが伝わってくる。母親らしき雌のオークは子どもを背負って野菜のようなものを刻み、若い雄のオークは斧を担いで樹木を切り出す音が聞こえる。子どもたちは泥まみれになりながら遊んでいるが、笑顔が絶えない。荒涼とした森の中で、彼らは懸命に生きているのだ、と痛感する。


 夕方になると、急に光が薄暗く感じられ、森の影があたりを覆いはじめた。冷たい風が膝をかすめ、私は寒さに身を震わす。どうにか暖を取りたいと思ったが、煮炊きの場で使っている火は集落共有のようで、私が勝手に使うわけにはいかないらしい。私がおずおずと焚き火の近くに寄ると、先ほど手を引いてくれた雄オークが「グルッ」と声をかけ、近くの席を譲るように仲間に示してくれた。オークたちは私を不審者扱いしながらも、無碍にはしない。もしかすると彼らなりの“助け合い”や“仁義”的な文化があるのかもしれない。


 私は安堵しながら火のそばに座り、ゆらゆら揺れる炎を見つめた。そこに偶然通りかかった小柄な雌のオークが、黒い鉄製の器に何かのスープを注いで渡してくれた。鼻を近づけると、ほろ苦い香草と獣肉の脂のにおいがコッと立ち上る。正直初めての味が怖いが、せっかくの好意を断るわけにもいかない。すするように飲んでみると、体の芯から温まる気がした。塩気もそこそこあって、お世辞抜きでそれなりにおいしい。


「……ありがとう。えぇと……『グラッ』?」


 オークが先ほど仲間にかけた声を真似してみたが、合っているのかどうかはわからない。だが、雌のオークは私のぎこちない言葉に気づいたらしく、「グフッ」と喉を鳴らして微笑むと、ふわりと手を振って去っていった。まるで“どういたしまして”と言っているみたいだ。


 そうしてしばらく食事を取った後、私は再び地面に身体を預けるように座り込む。とにかく疲れているのだが、気が高ぶっているせいか、なかなか眠りに落ちることもできない。ふと、日本に残してきたはずの家族を思い出す。もうどれほどメールや電話をしても返事がなかったとしても、私にとっては大切な家族だった。なのに、私はこんな見知らぬ世界――それもオークとなって迷い込んでいる。彼らは私の失踪に気づいたのだろうか。あるいは、そもそも気づかないままだろうか。――ああ、やめよう。思い出すと虚しさが増すばかりだ。


 今夜はこのまま、この奇妙な集落の片隅で寝ることになりそうだ。夜空を見上げると、濁った赤黒い月が異様に大きく輝いている。それはまるで、この世界が簡単には受け入れてくれないことを暗示しているようだった。私はそのまま焚き火の暖を借りながら、どうにか目を閉じてみる。もし夢なら、明日目が覚めたときには――。そんな期待を抱いてまぶたを下ろすと、すぐに意識が遠のいていった。ひどく疲れていたのだろう、仮眠ほどの短い時間ですら、私はぐったりと眠りに落ちた。

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