第22話 決意
握り締めた金属片には乾いた血がこびりつき、その鉄錆の味が私の牙に絡みつく感じがする。目を伏せれば、周囲で倒れた仲間の冷たくなっていく肌が際限なく悲しい。生き残ったオークたちは立ち尽くすばかりだが、私は涙をこらえ、ゆっくりと立ち上がった。――森の中から漂う腐臭と、謎の兵器が融合する不吉な匂い。これはきっと近いうち、私たちの大切な居場所を根こそぎ焼き払う“嵐”が来る前触れだ。けれど、私は母として、仲間として、何もせずに惨殺されるつもりはない。
私はグルドやラミアをはじめとする仲間を振り返る。みんなも、悲しみに暮れつつも、私の表情を見て心に決めたものがあるように見えた。――そのまなざしがまだ消えていないうちに、何らかの行動を起こさねばならない。遅れれば遅れるほど、ギルドの“戦慄の陰謀”は加速していく。この森中の魔物たちが“スタンピード”の名目で駆逐され、オークの未来は消し飛んでしまうだろう。
「クルル……ガロッ」
ラグナスが低い唸り声で、私を呼び止める。視線は“帰還した偵察オークから、さらなる情報がもたらされる”ことを示していた。もし得られる情報があれば、少しでも戦いを有利に導くヒントが掴めるかもしれない――そう思って戻ろうとした、そのときだった。森の遠方でまた強烈な爆発音がとどろき、まるで無数の雷が同時に落ちたような振動が地面を揺らす。見上げれば木々の梢の向こうの空が、炎のような赤黒い雲に染まり始めていた。スタンピードの火蓋が切られるのは、そう遠くない。
オークたちは一斉に緊張を高める。私も胸がかきむしられるような不安を感じながら、これから訪れる血の大乱を思う。仲間を守りたい。それゆえの武力行使だけが正解ではないはずだ。けれど、今さら人間と交渉が成り立つとも思えない。
――どうする?私の脳裏に、日本で働いていた頃の忙殺の日常がちらりと横切る。家事、育児、職場の矛盾……あの頃も息が詰まる思いで、けれど私一人が歯を食いしばれば家族を守れると思い込んでいた。そして結局、その報いは無残にも空回りで終わった。同じ轍を踏んではいけない。
私はぎゅっと拳を握りしめる。何としても、この世界で唯一の武器である“回復魔法”と、元・人間としての知識を活かすしかない。たとえこの身が汚れ、心が折れそうになっても、仲間を失う悲しみをこれ以上増やしたくないのだ。
荒んだ森の風が、ざわざわと不気味に吹きすさぶ。死臭混じりの突風に肩をすくめながら、私は心中で呟く。
「私がやれることは、全部やる。……必ず、止めてみせる」
決して揺るがない覚悟が、胸の奥で明滅する。その先に待ち受ける結末は、光か闇か。それさえわからないまま、私はオークの仲間たちと共に最後の戦い――“ギルドの策略”に挑む道への一歩を、今まさに踏み出そうとしていた。