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第21話 無機質の片隅

 夜が明けた頃、またしても森の偵察係から報告が入る。あちこちで目撃される“人間の装置”が異様な磁場を発生させているらしく、魔物同士が不自然に共鳴し始めたというのだ。ゴブリンやワーウルフなど、普段は互いに縄張り争いをする違う種の魔物が、一斉に東へ移動を始めているらしい。しかも、その方向は王都西部の平野へと続くルートと重なる。――“スタンピード”がいよいよ本格的に誘発されつつある証拠だろう。


 オーク集落にとっては、死活問題だ。そんな巨大な“魔物の大波”に巻き込まれてはひとたまりもない。かといって、森を抜けて王都方面へ逃げ出せば、待ち構えるのはギルドの主力軍だ。どんな選択をしても血の海をくぐり抜ける可能性が高い。私は子どもたちの怯えた目を見つめながら、自分の無防備さを嘆くしかなかった。回復魔法がある程度役立っても、それは完全な解決策にはならない。――いったい、この絶望の連鎖を打ち破る術はどこにあるのだろう。


 そんな中、森の外れから小柄なオーク――『ラミア』と名乗る雌オークが息せき切って戻ってきた。元々、仲間とともに狩りや薬草採取に出かけることが多い彼女だったが、この日は様子がおかしい。青ざめた表情で、一言二言オーク語を呟いたかと思うと、私の腕を引いて強引に森の方角へ誘導しようとする。彼女の慌てぶりに、居合わせたグルドたちも眉をひそめ、後を追いかけてきた。


 私たちが森の入り口へ駆け込むと、そこでは凄惨な光景が広がっていた。数名のオークが横たわり、すでに絶命しているらしく、胸や腹が不自然な形に切り裂かれている。その周囲には人間の足跡が残っているが、奇妙なことに武器の形状が既存の剣や槍とは違っているようだ。いや、それだけではない。地面にはどこか工業製品のようなパーツが散らばり、なぜか“日本語”とおぼしき文字が刻印された金属片まで落ちていた。“大東洋エンジニアリング”と読めるようなアルファベット。――ここは本当に異世界なのに、この箇所だけ無機質な都会の片隅を切り取ったような違和感が走る。


「グル……ガフッ!」


 オーク仲間の一人が、足跡や奇妙な金属片を調べながら、低い唸り声をあげる。彼らは人間の言葉を解せないから、なおさら不可解に思うようだ。それでも誰もが思うのは「これはギルドが持ち込んだ新たな兵器や装置の部品ではないのか?」という疑惑だった。最近、森のあちこちで見たことのない道具を扱う冒険者の報告が増えているらしい。あくまで噂の域を出ないが、今までとは桁違いの装備を持ち込み、魔物を効率よく狩るための“実験”をしているという。


 ——いずれにせよ、この場所は血と機械の破片が入り混じり、一種の異様な空気が漂っていた。私も、その金属片を指で撫でながら、不安と冷え切った焦燥感を抱かずにはいられない。かつての人間生活で見慣れたアルファベットに少しだけ心が攪乱されるが、この世界の仲間たちに言葉を尽くして説明できるわけでもない。


『……いったい、何が起きているの?』


 胸にこみ上げるのは、ギルドという権威の陰で進む“何か大きな企み”への恐怖。オークたちは新手の襲撃の形跡として、傷つき、絶命した仲間の体を収容する。もはや、ただの剣や槍による斬撃や突き刺し方ではない——何かしらの新型兵器か、あるいはより悪質な魔法の力が働いているとしか思えなかった。


 この世界の人間たちに、こんな文字が読めるはずはない。だが私なら、少なくともアルファベットを理解できる――“エンジニアリング”という単語を見た瞬間、頭の中で人間時代の記憶が呼び起こされる。なんで、ここにこんなものが転がっている?


 もしこの世界にもう一人、私と同じように“現代日本”から来た人間がいるとしたら……その人物こそがギルド側にいる可能性が高い。そんな予感が、胸をざわつかせる。たとえそうでなくても、少なくとも“外部技術”が持ち込まれていることは確かだ。彼らの計画が、単なる魔物討伐では終わらないに違いない。


 ――悲嘆と怒りが混ざった絶望の渦中にも、私の視線には一つの道が開けてきたように思える。もし本当に、“現代日本”と関わりのある誰かがスタンピードを誘発しているのだとすれば、その裏を突けば活路が見いだせるかもしれない。なぜこんなことをするのか、真意は何なのか。オークの力や狩猟本能だけで突き破れるほど、事態は簡単ではない。だが、私が“人間だった頃”の思考や知識を活かせば、この異世界の常識に囚われない突破口を見つけられる可能性があるのではないか――。


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