第20話 崩壊
一方その頃、荒れ果てた森の集落では、大鍋の食事で結束を深めたオークたちが“次の襲撃”への準備を試みていた。先日の夜半、轟音を伴いながら正体不明の爆発が起こって以来、森全域に奇妙なざわめきが広がっている。オークの仲間たちは戦士を中心に警戒網を張り巡らせ、私も回復魔法の修練に時間を費やしながら激戦に備えようとしていた。とはいえ、敵の正体も規模も皆目わからないまま。ここ数日、散発的な衝突が起きては犠牲を出し、凝り固まった恐怖と絶望が増幅されているのが実情だった。
ある夕暮れ、森の端で砦代わりに築いた柵の向こうに、一団の下級冒険者が突然姿を現し、奇声を上げて襲いかかってきた。装備こそ貧弱で統率も取れていないが、その分、物量と死への恐れを感じさせない凶暴さを帯びている。ギルドの“報奨金”を目当てに、あるいは自らの腕試しにと、脳内が興奮状態にあるのだろう。私たちは応戦せざるを得ず、弓矢や槍、棍棒を手にして血みどろの近接戦を繰り広げることになった。
しかし、移動や飢え、怪我の頻発ですでにオークたちの戦闘力は削がれている。アンバランスな構えで必死に棍棒を振るう雄オークが、下級冒険者の投げナイフを喉元に受けて絶命する。仲間が駆け寄るより先に、戦士の身体は地面に崩れ落ち、そこから噴き出す血がごう音を掻き消すかのように飛沫を散らした。私が悲痛な叫びを上げ、回復魔法を掛けようとしても、既に手遅れ……。その瞬間、頭のどこかが真っ白になる。嗚咽が止まらず、心が無情にかき乱される。
それでも戦わないわけにいかない。グルドら数名の雄オークが吠え声を上げ、柵の上から逆襲の矢を放った。だが力任せの一矢が二矢、下級冒険者を何人か倒しても、相手は動じる気配を見せない。かえって“魔物みたいに生きがいいな!”と嘲るように笑い、防御もそこそこに斧やメイスを突き立ててくる。結局、オーク側は決死の突撃で何とか冒険者たちを蹴散らしたが、またしても苦い犠牲を払い、数多くの瓦礫と流血の痕跡を残す。荒い息を吐く戦士たちの足元には、バラバラになった武器や破れた防具が散乱し、生温い死体の臭いが充満していた。
私は回復魔法で出来る限りの怪我を治療しようとするが、時間が足りない。横たわる仲間の胸には既に槍が深々と突き立ち、望み薄だった。血を吐きながら彼は私の手を弱々しく握り、“ありがとう”のような言葉を伝えようとしたが、一瞬後には力が抜け、その瞳は二度と開かなくなる。――私は喉の奥に苦い怒りと涙を抱え込む。一体、何度こんな別れを見ればいいのか。どんなに食事や回復魔法で士気を高めても、それを嘲るかのように訪れる死神の鎌を振り払う術はないのか……という絶望に苛まれる。鼓動がまるで悲鳴のように鳴り響いていた。
気付けば、森の奥には既に腐臭めいた風が運ばれてきていた。“スタンピード”の前兆かもしれない。あちこちで大型魔物が不安定に暴れ回っている情報が寄せられ、焦りと恐怖がさらに高まる。子どもたちを連れて奥へ避難しようとする者もいるが、そこでも未知の脅威に襲われる可能性は大だ。結果として、集落に留まるか逃げるかの意見が再び揺れ動き、内部でさえ不穏な空気が立ち込めている。
「……もうダメかもしれない」
そんな声がちらほらと上がり始めた。夜通し伸びる葬列、再び埋められる新たな墓穴。それらがすっかり習慣化してしまった現実を目にして、私の心はえぐられる。それでも、諦めきれない仲間もいる。グルドやラグナスの雄オークたちはなお必死に武器を修繕し、次の策を探ろうと試行錯誤していたが、彼らの背中ももはや希望に燃えてはいない。みるみる孤立を深める集落には、“崩壊”という文字が突き付けられているかのようだった。