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第19話 王都の秘めたる顔

 それは、森の奥に広がる血生臭い光景とはまるで別世界だった。石造りの巨大な門、長大な石壁を幾重にも配した市街地、そしてその中心にそびえる“冒険者ギルド”の本拠地――王都。整然とした街道には豪奢な馬車が行き交い、人々は着飾った姿で活気ある笑い声を響かせている。そこに漂う香りは、森の腐葉土や血の臭いではなく、高価な香油と甘い果物の匂い……。もし“オーク”である私がこの場に足を踏み入れたなら、瞬時に“怪物”として取り押さえられ、処刑されてしまうことだろう。そのくらい、この都は人間の武力と権勢が色濃く渦巻く場所だった。


 王都の中央に鎮座する壮麗な建造物――それが“冒険者ギルド”だ。外観は荘厳な神殿を想起させるほどで、勇壮な彫刻を施された門扉、円柱の列、広大な敷地を覆う高い天井。そこには人々の憧れや賞賛を誘う“建前”が詰め込まれている。事実、ここには莫大な資金と物資が集まり、さらには政治権力にも深く食い込むほどの威光がある。表向き、“魔物から人間の生活圏を守る英雄集団”という華やかな看板を掲げ、受付嬢や下級冒険者の活気ある呼び声が絶えず飛び交っていた。


 しかし、その奥では別の顔があった。限られた者しか入れない“幹部専用区画”の扉を潜った途端、そこにはひんやりとした空気が支配する半地下の広い廊下が伸びている。照明の魔道具は薄暗い光を放ち、壁には数々の剣や槍、そして血飛沫がこびりついた鎧の破片が展示のように並べられていた。まるで“過去に成し遂げた魔物討伐”を誇示するトロフィーだが、長年の埃や染みが生々しさを残している。しかも、注意深く見れば剣や盾の一部にはオークやゴブリンの紋様らしきものがこっそり彫られており、無数の名もなき死が存在していたことをうかがわせた。


 そこを通り抜けた先の円形の広間では、ギルドの幹部級と思しき者たちが数多く集まっていた。黒金の鎧をまとった壮年の騎士や、神官風のローブを着込んだ男、抜け目のない表情をした小柄な頭脳派――彼らが円卓に座り、低い声で何やら激しい議論を交わしている。議論の内容は“モンスター掃討作戦”や“スタンピードへの対応”に関するものらしく、各地の討伐報告や魔物の出現情報が次々とテーブルに並べられた。だが、その一方で“マニュアルを超えた作戦”が進められている気配がある。紙の上には、普通の依頼書には見られない“極秘”の押印や、妙に巧妙に伏せ字にされた指示文が並んでいた。


 傲慢そうな騎士がテーブルをバンと叩き、「短期間で一気に魔物を始末し、王都の人間たちに我らギルドの偉大さを知らしめねばならん!」と声を上げる。それを聞いた神官風の男は大袈裟に頷く。「ねじれた命を断つのも我らの義務……しかし、犠牲が大きくなりすぎれば民衆の反発もある。より効率的に計略を進めるには、“スタンピード”を活用し、あらゆる魔物を一カ所に集めて殲滅すればいいのだ」。下級冒険者を大量に送り込んで魔物をかき乱す。その隙にエリート部隊が大規模な討伐を行い、ギルドは“救済者”として民衆の前に立ち現れる――そんなシナリオが見え隠れする。


 その時、場の雰囲気を切り裂くように、一人の男が静かに姿を現した。幹部たちが苦い表情で彼を迎える様子から、彼はかなり強い実権を握っているらしい。“指揮官”と呼ばれる存在だが、その装いは伝統的な騎士や神官とも異なり、どこか近代的な要素を(まと)っている。たとえば、紙の書類ではなく一枚の“板”のようなものを携え、それにペンらしき器具で書き込みを行なっていたり、異質な道具を使う仕草が見受けられる。その横に控える部下が、大きな箱を押しているが、よく見ると箱の端には“英文様のロゴ”が刻印されているようだ。ギルドの幹部たちは意味を理解していないが、男は淡々と指示を続ける。


「例の装置の稼働、予定どおり進んでいるか?」  彼の口調はどこか妙な響きを伴っていた。標準的なこの世界の言語に混ぜて、時折“○○プロトコル”だの“オペレーション”だのと、およそ異世界では聞き慣れない単語を織り交ぜている。その意味を周囲が解しているのかは不明だが、少なくとも強力な権限を持つ指揮官であることは確かだ。


 幹部の一人が答える。「は、はい。南の森付近で何度か検証を行いましたが、魔物の興奮度が著しく高まり、人間の領域へ流れ込む可能性が確認されています。加えて、オークの集落などは既にかなり追い詰められたはず。報告によると、ごく少数の抵抗でギルドの下級連中を手こずらせる場面もあったようですが、与えたダメージは軽微です。むしろ、いずれ彼らは絶望的な局面を迎えるでしょう」


 指揮官は無感情に頷く。「ならば構わない。深追いは不要だ。下級どもに適度に血を流させ、森の魔物を刺激すればいい。“スタンピード”の序曲としては上々だな。全域が炎上して、“厄介な存在”ごとまとめて排除できる頃合いを見計らおう。……あとは、王家の目がこっちに向かないように仕掛けるだけだ」


 そう言うと彼は、誰にも分からない奇妙な文字が並んだメモから、さらになにやら指示を書き足している。幹部たちの一部が(すが)るようなまなざしを向けるが、指揮官は一切それを気に留めない。何とも不気味なのは、その男が時折立ち止まって難解な言葉を中空に呟く様子だ。「ネットワークが存在しないこの世界で、よくこれだけの連絡網が維持できる。……いや、企業ロゴ類は本国から流出したわけでは……とか……」「次こそ成功してみせる……」など、意味深な囁きが零れる。そのたびに周囲の幹部らは顔を見合わせ、まるで“この男の言うことには逆らえないが、理解などできていない”といわんばかりだった。


 こうして、謎の指揮官による“スタンピード作戦”は着々と進んでいる。下準備として森に大量の下級冒険者を送り込んで、魔物の巣を刺激し、互いにいがみ合わせる。さらに、一部で大型魔物を強制的に駆り立てる装置を稼働させ、すべてを王都近辺へ集結させる。そうすれば、王都を守る名目でギルドが本格始動する際、民衆は“ギルド万歳”の大合唱をするだろう。実際には、魔物との共生を偽りなく願う者たちもいるというのに、そんな声は封殺される。中でもとりわけオークやゴブリンの集落は、地図上で切り捨てても構わない“邪魔者”扱いだった。

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