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第13話 終わりなき旅路

 翌朝、私たちはまたしても不吉な光景を目にすることになる。丘の向こう側から悲鳴に似たオークの声が響き、グルドたち数名が駆けつけたときには、既に後方から追いついてきた“別の避難グループの一部”が襲われていたのだ。どうやら森の中で何者かに奇襲を受けたらしく、負傷したオークを抱えて逃れてきたのだが、追撃は激しく、あと数名がこの地にたどり着く前に倒れてしまったという。――群れ全体の士気が一気に沈むのがわかった。これまで懸命に耐えてきたのに、一歩遅かっただけで仲間を目の前で失ってしまうなんて、あまりにも理不尽だ。


 肩口から血を滲ませた若い雌オークを、これまで薬草知識をともに学んだ仲間が治療しようとする。私も回復魔法を使ったが、荒い息を吐きながら彼女は苦しげに呻く。ギルドの冒険者かどうかは分からないが、彼女の話では「人間の姿をしていた」という。突然飛び出してきて、何の言葉もなく剣を振り下ろしてきたのだと――。


 こんな恐怖がずっと続くのか。弱く、無力な私を含むオークたちは、いつまで逃げなければならないのか。あるいは、いずれ追いつめられて最期を迎えるのか。絶望が輪を広げていくなか、グルドは歯ぎしりして怒りをあらわにしながらも、何とか冷静に皆をまとめようとしている。その姿を見て、私は胸の奥にある“守ってあげたい”という気持ちが、かすかに震えているのを感じた。自分には力がない。しかし、だからこそ、なぜか助けたいと強く思う。これだけ必死に生きようとしている彼らの命を、奪われるままにしていいわけがない。


 私は震える両手をぎゅっと握りしめ、失意の雌オークや子どもたちのところに駆け寄り、少しでも落ち着かせようと何度も手を叩く。いわゆる母親が赤ちゃんをあやすようなリズムで、一定の音を立ててからゆっくり呼吸を促すのだ。もちろん言葉は通じない。でも、私の“落ち着いて”という意図は伝わったようで、子どもたちはしばらくしてから声をひそめ、怯えた目を伏せながらも小さくうなずいてくれた。雌オークも唇を噛みながら、最後の望みのように私の表情を見つめている。


 ――こんな状況下であっても、希望が消え去ったわけではない。集落に残った仲間がきっと頑張っているはずだ。いつかこの森全体を巻き込む大きな戦いが起こったときに、彼らも私たちも無事でいられるとは限らない。だが、それまでせめて生き延びて、再び笑い合える瞬間を信じて歩み続けよう。乱暴かもしれないが、暗く沈んだ心をそれで支えていくしかなかった。


 そして私たちはさらに森の奥深くへ入っていく。凶暴な野生動物や魔物、そしていつどこで人間と遭遇するかわからない不安を抱えたまま、半ば行き当たりばったりの移動が続く。しかし不思議なことに、先へ進むほどに森の雰囲気はどこか気味が悪いほど静まり返り、木々の幹には見たこともない赤黒い苔がこびりつき始めた。昼間でも薄暗く、一筋の日差しも通らないような鬱蒼とした森の闇。その中で、オークの子どもたちが時折咳き込み出す。瘴気めいたものが漂っているのかもしれない。


 まともな食料が見つからず、怪我や疲労で倒れる者も増えていく。私が回復魔法で補助しようとしても、全員を賄えるわけではない。――いつまでこんな逃避行を続ければいいのか。頭の中がぐるぐる回り、夜が来てもゆっくり眠ることさえできない。諦めそうになる心を刻一刻と奮い立たせるのは、痛みや涙にまみれた仲間の姿だ。かつての家族とは違う。それでも“家族のように思えてしまう”何かが、私の中には確かに芽生えていた。


 それでも、悲壮な行軍の中に、一縷(いちる)の温もりは残っている。グルドが怪我人を背負って険しい坂道を歩く姿、子どもや年配のオークが意を決して薬草を探し回る姿、互いに肩を貸して少しでも前へ進もうとする姿――人間から見れば魔物の集団にすぎないかもしれないが、ここには私が憧れた“支え合い”が存在している。


 私が回復魔法を施せば、わずかながら傷や痛みが軽くなる。その感謝を示すように、笑いかけられたり、布切れを分けてもらえたりすることが、今の自分にとっては何ものにも代えがたい救いだった。失った日常を嘆きながらも、今目の前にある命の輝きが、私を必死に踏みとどまらせている。――いつか、この長い闇夜の先に光があると信じて。


 暗澹(あんたん)たる森の中で、私たち移動組の行軍が続いている。血塗られた戦いからの逃避か、それともさらなる地獄への入り口か。誰も答案を知らず、ただ一歩ずつ足を進めるしかない。凍える風と、時折聞こえる野生の低い唸り声が、私たちの行く手を阻むように響く。だが、共に歩む仲間を見捨てるわけにはいかない。私は荒い呼吸を整えながら、再び子どもたちのか細い手を引き、迷うことなく前を向いた。


 ――深まる森の闇。課された試練は、これだけに留まらない。やがて、この地を覆う陰鬱な“瘴気”と、その奥に目を光らせる“何者か”の気配が、私たちをまだ見ぬ大きな運命へと導いていく。オークとして必死に生き抜く私の旅路は、まだ始まったばかりだ。生き残れるのか、あるいはここで潰えてしまうのか。その答えは、もうすぐ手の届かないほど近くにあるのかもしれない――。

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