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「連絡用の魔道具は持ってないんですか?」


 追いかけてくる液状の魔物から必死に逃走しつつ、私はフィオラへ尋ねます。普通、王様には持たされていそうなものですが。


「すまぬ、部屋に置いてきた」

「えぇ!?」


 フィオラは悔しげに下唇を噛んでみせました。


「貴女に会えるのが楽しみでうっかりしていたというか……」

「えぇ……」

 

 怒るに怒れないというか。まぁいいです、今はこの場を打開する方法を考えないと。

 すぐに追いつかれるほどの速さではないですが、時間の問題でしょう。特にフィオラの履いている靴はこうして走ることに特化していません。犠牲となった兵士たちが話していたように──亡くなったとは限らないので不適切な表現ですね──魔物を倒せるのは魔法のみ、あるいは魔道具。早く宮廷魔法使いとやらに合流しなければ殺されてしまいます。


「手短に話す」


 どうやらフィオラに何か考えがあるようです。魔物に注意しつつ、私は耳を傾けます。


「突き当りを右に曲がってすぐのところに食堂がある。使用人が昼食の支度をしているはずだ、彼女に魔法使いのところまで案内してもらうのだ」

「フィオラ様は?」

「魔物を食堂に閉じ込める。兵士二人でも相手にならんのだ、無駄に動き回って犠牲者を増やすつもりはない。狙いは十中八九、余の命だろうしな」


 同感です。

 偶然、魔物が王城まで入り込んでいて、たまたまフィオラと鉢合わせたなんて出来すぎた話です。恐らく何者かに使役されていると考えていいでしょう。これは紛れもなく、黒幕による暗殺計画というわけです。フィオラにとって思い入れのある図書室に潜んでいたことも鑑みると、身内の犯行の可能性が高いでしょう。


「余なら平気だ。ある程度の訓練は受けている」

「……分かりました」


 予定通り、突き当りを右に曲がります。

 ちょうど部屋から、エプロンを纏った女性が配膳用の手押し車を伴って出てきたところでした。全力疾走で迫りくる私たちに気が付くと、露骨に慌てふためきます。


「魔物が出たとロゼリアに知らせよ! 部屋にいるはずだっ、魔物は食堂に閉じ込める!」


 フィオラが叫ぶと、使用人の女性はすぐに背中を向けて駆けだしていきました。そんな彼女の後を私は()()()()()、フィオラと食堂へ飛び込みます。

 

「なっ……何故着いてくる!?」


 険しい目付きで怒号を飛ばしてくるフィオラを横目に、私は食堂の両扉を閉じます。


「フィオラ様を一人にするわけにはいきません。助けを呼ぶだけならあの人だけで足りるでしょう」


 いくら結婚したくないとはいえ、彼女が襲われてしまうような事態は私としても不本意です。亡くなったら間違いなく国が荒れてしまいますし、私のお店も多かれ少なかれ影響を受けることでしょう。


「だが貴女の身に何かあれば──」

「言い争っている暇はありません。アレを運ぶの手伝ってください」


 私はすぐ傍に置いてあった棚に目をつけました。


「……分かった」


 何か言いたげなフィオラと一緒に棚を持ち上げ、扉の前まで運ぶことで防壁として利用します。間髪入れず、何かに押されたように扉が激しく振動しました。向こうで魔物が体当たりしている姿が思い浮かびます。


「これでも時間稼ぎにしかなりません、すぐ入ってきます」


 何か使えるものがないかと、食堂を見回します。

 食堂内は広々とした空間で、絢爛(けんらん)なシャンデリアの真下には長テーブルが設置されていました。卓上に用意された料理の数々は、普段お目にかかれない豪勢なものばかり。あいにくこんな状況なので食欲がちっともそそられません。  

 う〜ん、微妙な物しかないですね。効果があるとすれば食器の類でしょうか。


「料理の盛られたお皿って魔道具だったりします?」

「うむ。料理を冷めさせないために魔法がかけられている。ナイフやフォークもだ、品質が劣化せぬようにな」

「だったら、魔物が入ってきたら投げまくってください。魔道具なら申し訳程度には効果があるはずですよ」


 私は食事用のナイフを手に取ります。これでも殺すことはできませんが、ないよりはマシです。


「フィオラ様は私の後ろに」

「……ずいぶんとこういう事態に慣れているようだが、初めてではないのか?」

「たまたまですよ、たまたま」

「そうとは思えんが──む、来るぞ!」


 扉と床の隙間から魔物が入り込んできます。液体状の体を利用した、敵ながら頭の良い作戦ですね。


「下がって!」


 左手でナイフを構え、右手で皿をとにかく投げまくりました。フィオラも同じように投擲します。しかし、すばしっこい魔物に命中することはありません。皿は次々と音を立てて割れていき、料理も飛び散って大惨事です。

 そうこうしているうちに、魔物はいよいよ目の前へ近づいてきました。

 図書室でそうしたように飛びかかってきます。ただ今度は躱しきれず、私の右腕全体が魔物によって覆われてしまいます。


「っ……!」


 文字通り刺すような痛みが右腕に走り、表情が歪みます。

 血が吸われているような感覚もしました。魔物の体が更に赤くなったような気がします。体色が変わった理由がハッキリしましたね。兵士たちの血もこうやって同じように吸収したのでしょう。

 しかし、これで反撃の機会が訪れました。


「ライラック!」

「大丈夫です!」


 持っていたナイフを魔物へ突き立てます。

 刺した感覚はありませんでしたが、ナイフが触れた箇所から煙が上がりました。魔物はすぐに私の右腕から離れると、距離を取りました。多少なりとも効果はあったようです。

 とはいえ、こちらも右腕を負傷してしまいました。

 食べられてしまったのか、右腕の部分だけ衣服が消失しています。私の血かどうかは定かでありませんが、深紅に染まってもいました。

 感覚はほとんど残っておらず、力も入らないため動かすことは叶いません。なんだか目眩もしてきて、私はその場に崩れ落ちてしまいました。

 私の事情など知ったことか言わんばかりに、魔物は次なる攻撃の用意をしています。

 魔法使いはまだですか? 遅すぎます。


「させぬ!」


 あろうことか、フォークを携えたフィオラが魔物の前に立ち塞がります。 

 この人は馬鹿なんですか? あなたを助けるために頑張ってるのに前へ出てどうするんです? 私のことなんて放っておけばいいのに。

 これだから人間は嫌いなんです。相手の気も知らないで、好き勝手に動く人ばっかりなんですから。


「誰がこんな真似をしたのか知らぬが、余の伴侶を傷つけるのなら容赦せんぞ!」


 勝手に結婚させないでくださいよ。もう、仕方のない人ですね。

 私は最後の力を振り絞って立ち上がり、素早く横に回ってフィオラを突き飛ばしました。


「ライラック!?」

「邪魔です」


 今まさに襲いかかろうとしている最中だった魔物に対し、ナイフを構えたその時です。


「縛りつけろ」


 冷酷な印象を与える女性の声が後方から響き渡ります。すると、虚空から現れた無数の鎖が魔物を空中で縛り上げました。


「これは……魔法?」

「お待たせしましたわ」


 打って変わって優しげな声に振り返ると、見知らぬ女性がこちらへ歩いてきていました。

 今しがたまで食堂にいなかったはずの彼女は、紺色のローブと三角帽子を着こなしています。地面まで届きそうなほど長い黒髪が特徴的でした。

 彼女は妖艶な笑みをたたえながら、私の前で屈みました。そうして私の右腕を持ち上げると、


「酷い怪我ですわねぇ。戻れ」


 時間でも遡ったかのように、右腕の状態が元に戻っていきます。衣服まで生えてきたように修復され、あっという間に完治してしまいました。

 魔法の力には相変わらず驚かされます。言葉を現実にする、彼らしか持たない唯一無二の力──

 彼女が宮廷魔法使いでしょう。確かロゼリアと呼ばれていましたね。


「駄目じゃない、入ってきたら……燃え上がれ」


 火柱が魔物を飲み込みます。火事になることもなく鎖と共に消失し、魔物は塵一つ残っていません。


「怪我はもうよいのか!? 平気か!?」


 私を案ずるフィオラは今にも泣きそうな顔でした。


「見ての通り五体満足です」

「良かった……本当に……」


 そのまま抱き着いてくるフィオラ。抱き返すことはしませんが、女王陛下を突き飛ばすこともできません。しばらくの間、私たちはそうしていました。


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