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39.喜劇の終わり(1)

「あれ、みかげちゃん。お友達来てくれたんだ。よかったねえ」

ひとしきり笑っているところに、声がかかった。


ネームプレートを付けた男の人が、病室の入り口に立っている。

動きやすそうなユニフォーム姿だ。

お医者さん、かな?


みかげの母が、我に返った顔をした。

病室の奥から、丁寧に挨拶する。


彼は、笑顔で応えると、きびきびと促した。

「じゃ、お母さん。リハビリの経過報告がありますので。画像もお見せしながら、お話します。こちらへお願いします」

別室でやるらしい。


「はい。ちょっとごめんなさいね」

またもや、幼い見舞客たちに謝りつつ、みかげの母は出て行った。

少し涙声だった。だが、子供達は誰も気付かない。


よかった。これで自分達だけだ。

気兼ねする必要がない。


碧は、立ち上がると、さっさと室内にあった車椅子を押してきた。

「ほら、これだろ」

みかげは、驚きの目を向けた。

頭の回転が速いんだわ、この子。


「うん……。ありがとう、碧」

「……いや、いいんだけどさ。なんで陽君で桃ちゃんなのに、俺と暁は呼び捨て?」

「あ、そうね。なんとなく」

「碧、細かいよ。いいよ、私は暁で!」


細かいと言われ、碧が、むっとした顔をする。

反論が口をついて出てくる前に、みかげは慌てて促した。


「あの、よかったら、みんなジュース飲んで。私も飲みたいから、気にしないで」

さすがは、お姉さんだ。

気配りが大人っぽい。


「……ま、ジュースくらい、いいか」

引率の碧が、了承した。

見たこともないブランドの、100%果汁ジュースだ。

高そうだけど、みんなで遠慮なく頂くことにした。


車椅子のみかげを囲んで、しばし、リハビリや入院生活の話を聞く。

結構、スケジュールが、びっしりだ。

学校は休んでいるけれど、病院内の就学支援プログラムで、勉強もある。


「明日から冬休みなのに?!」

「いや、暁、俺達だって塾あるだろ」

冬休みと同時に、冬期講習開始だ。

今日だって、これから塾なのだ。

中学受験生も、多忙なのである。


「そうだった~。あ、碧。ここ何時くらいに出ればいいの?」

「ん……ああ。そろそろ行ったほうがいいな」

みかげの母が戻ってきたら、面倒だ。


案の定、みかげが車椅子を操って、小さな紙袋を持ってきた。4つある。


「これ、お土産なの。お母さんが、」

ぶんぶんぶんぶん

全部聞く前に、四人そろって首を横に振る。


「ごめんね、みかげちゃん。なにも貰ってくるなって、おかんに厳命されてるの」

拝む格好をする暁に、陽も同調した。

「ごめんなあ、うちもなんだ」


「お兄ちゃんが貰いそうになったら、私が止めなさいって」

桃が補足する。全然、信用がない兄である。


困った顔をするみかげに、碧が苦笑した。

ブリックパックを折り畳みながら、肩をすくめて言う。


「大人は大人で、色々あるんだろ。ジュースおいしかったって、お母さんに伝えて。塾があるから、急いで帰ったって言って」

実際、行くのは碧と暁だけだが。

いとまするには、ちょうどいい頃合いだ。


暁が、通塾リュックを背負って立ち上がった。

誰よりも早い。折り畳んだジュースのパックも、ちゃんと手に持っている。

そして、みかげの前で、ちょっと不安そうに切り出した。


「あのね、みかげちゃん。この間、警察からチュチュを返してくれるって連絡があったの」

きゅうから帰ってきたときに、暁が着ていたクラシックチュチュだ。


陽と碧のタキシード、桃の着ていたドレスもだった。

それぞれ、ご希望なら、返却致しますが。


「だけどさ。俺も、陽達も、いりませんって断ることにしたんだ」

碧も、暁の横に並んで言う。


陽もやって来て、こくこく頷いた。

隣で、桃が小さな声で続ける。

「黒鳥さん達との、大切な思い出だけど……。お母さんもお父さんも、すごく心配してるから。これからもずっと家にあって、見るたびに思いだしたら、辛いんじゃないかなって、みんなで話したの」


思い出なら、心の中にある。

しっかりと覚えている。忘れはしない。


「まあ、どうせ来年には、背が伸びて着られないだろうしなあ」

陽は、身も蓋もない。


暁が、本題に入った。

「でも、みかげちゃんは欲しいかな? 欲しかったら、チュチュは私が受け取って、みかげちゃんにあげる」


だから、暁だけは、警察への返事を保留にしているのだ。

私は、みかげちゃんに聞いてからにするよ。


「どうする? みかげちゃんの、本当の気持ちを教えてくれる?」

恩着せがましくない。心から、ただ尋ねているだけなのが分かる。


みかげは、碧に視線を移した。

眼鏡の奥で、瞳が頷いている。

隣の陽は、にこにこ笑っている。

小さな妹の方は、無表情だ。でも、みかげに顔を向けて、じっと待っている。


車椅子から四人を見上げて、みかげは、おずおずと口を開いた。

「私……私は、欲しいわ。貰ってもいいの?」

「うん!」


「あの……あのね。私、もし回復できたら、」

まだ誰にも言っていない。

この望みを。

伝えたいと思った。この四人に。

否定されるかもしれない。

それでも、聞いて欲しかった。


「こんどは、ちゃんと中学校に行って。それからね、私、バレエの衣裳を作る人になろうと思うの」


四人とも、驚いた顔をした。

「だから、マダム・チュウ(プラス)999(スリーナイン)と縫った衣裳を、ずっと持っていたい」

自分の罪を、ずっと忘れないで、抱えていくために。


「そっかあ! みかげちゃん、お裁縫すごく得意だもんね!」

「ああ、向いていそうだな。少なくとも、暁の百倍は向いてる」


碧の評価は、まだ幼馴染に甘いものだった。

百倍どころじゃない。

暁が作品展に出品した手提げ袋は、ほとんど西小学校教員間での伝説だ。

あと数年は、語り継がれることであろう。


ちなみに、ダンジョンで繰り広げれらた地獄の裁縫教室のとき、桃はいなかった。

暁の壊滅的な裁縫能力も、ひとりだけ知らない。

首を傾げて、兄の顔を見上げる。


答えは、そこに書いてあった。

ひどいからなあ、暁のお裁縫って。


なるほど。

みかげに顔を向けると、こくりと頷く桃だった。

陽も、みかげに同意する。

「そうかあ。それなら、退院するのが楽しみだなあ」


否定なんて、ひとつもされなかった。

それどころか、全肯定だ。

びっくりした。しすぎて、言葉が出てこない。


なにひとつ返事できない状態のみかげに、暁は気付かない。

ぶんぶん手を振って、出て行こうとする。

「じゃあね! チュチュ受け取ったら、持ってくるね!」


ようやく、みかげの声が出た。

「あ、ま、待って! パックこっちで捨てるから、みんな置いていって」

「あ、ありがと!」

「ごちそうさま。そうだ、みかげ。食事も、ちゃんとしろよ」

「……お大事に」

「リハビリ頑張れよなあ」


じゃんじゃん手渡される。

矢継ぎ早に掛けられる言葉に、かろうじて頷き返した。

速い。テンポが速すぎる。

これが普通なのかしら。


あっけにとられている間に、四人は撤収していた。

病室が、急にがらんとする。

また、ここに一人だ。


「……ふふっ」

でも。みかげの唇から、小さく笑みがこぼれた。

膝の上に、きちんと畳まれたジュースのパックが、四つ残されていた。

最終話の(2)を、本日7/19㈯お昼12:10に投稿致します。

ぜひ、最後までご覧くださいね!


そして、本日より次作を投稿していきます。

【昭和ファンタジー】カイコン

これまでと同じく、毎週土曜日に投稿していきます。

どうぞよろしくお願いいたします!

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