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38.謝罪(2)

大人は、ごちゃごちゃ考え過ぎだ。

子ども同士は、すぐに「じゃ、いつにする?」となって、日程は今日に決まった。


「碧、何駅だっけ?」

地下鉄の階段を下りながら、暁が尋ねる。


「〇〇駅、六つ先だ」

もちろん、完璧に下調べ済みだ。

区役所前、警察署前、と続いて、その次が塾で降りる駅。

その先に、子供だけで行くことは、めったにない。


「だいたい20分くらいかかるよ」

碧が引率だ。親が付いて来なくても、全く問題はない。


ぴよ ぴよ ぴよ ぴよ

ぴよ ぴよ ぴよ ぴよ


改札が、ひよこの鳴き声をたてた。

子供料金のチェックなのか。

小学生が改札を抜けると、ランプが光り、この「ぴよぴよ」が鳴るようになっているのだ。


四人連続だと、けっこうやかましい。

ひよこの大合唱だ。

駅員さんが、慌ててこっちを見た。

利用客まで、驚いた顔を向けてくる。


ちょっと恥ずかしいな。

ラストの碧が、うつむきつつ改札を抜けた時だ。


すれ違いざまだった。

「なんだ、ガキどもかよ」

男の声が、ぼそりと吐き捨てた。


えっ……?


碧が、顔を上げた。

反射的に、声の方を見る。


その瞬間。驚愕で、碧は凍り付いていた。


あの「お面」だった。

その男が、顔に面を付けていたのだ。


見たのは、一瞬だった。

男は、改札を出て、足早に遠ざかっていく。

もう、後ろ姿しか見えない。


碧は、その場に立ち尽くした。

間違いない。

あれは、あの「案内板」の……ピエロのお面だった。

三日月の両目に、赤い口が弧を描く。

いや。顔の色は……違っていた。

一面、青かったのだ。


「碧? どうした?」

先を歩いていた陽が、振り返って声をかけてきた。


「いや……なんでもない」

碧は、首を振った。


あり得ない。そんなわけ、あるもんか。

もし本当に、さっきの男が「あのお面」を付けて歩いていたとしたら。

先を歩いていた陽が、必ず気付いていた筈だ。


きっと、俺の見間違いだ……。


地下鉄に乗っている間、碧は一人考えていた。

みんなには言う必要ないよな。

通りすがりの人が、嫌なことを言ってきただけなんだから……。


病院の駅に着く頃には、碧も、そう結論づけていた。


「ごめんなさいね。リハビリが長引いているみたいなの。戻って来るまで、ちょっと待っててもらえるかしら」

みかげの母親は、何度も謝りながら、四人を病室内に招き入れた。


ゆったりとした個室だ。応接スペースまである。

母親は、ソファーに掛けるように促すと、備え付けの冷蔵庫から、ブリックパックのジュースを出してきた。

何種類もある。人数分以上の本数だ。

「どうぞ、お好きなのを選んでね」


これは、飲んじゃっていいんだろうか?

四人そろって戸惑っているところに、みかげが戻ってきた。


歩行を補助する機器につかまったまま、驚いた顔で立ち尽くしている。


ああ、本当に、ちゃんと歩けないんだ。

碧は、まじまじと見つめてしまった。

祖父からの説明が、頭をよぎる。


上手く歩けないんだそうだ。

歩く。

そのためには、脳から体に対して指令がいくんだ。

「歩け」

その指令に従って筋肉が動き、体のバランスを取る。

そこで、初めて人は歩くことができる。


だがなあ。もし、碧の言う通りだとしたら。

みかげさんの体が、いったん、かぼちゃに変わってしまったのだとしたら。

その指令系統に影響が出ても、おかしくはない。


説明を伝えておいた暁達も、みかげの姿に驚いて固まっていた。


無理もない。ガリガリなのだ。

バレエをやっていたから、もとから痩せてはいたのだろう。

それが、意識不明で、更に痩せ細ってしまったに違いない。

患者用のルームウエアーから覗く手足は、枯れ木さながらだ。


そして……。長かった黒髪は、ばっさりと短くなっていた。


見開いた目は、暁を凝視している。

暁もだ。思わずソファーから立ち上がると、みかげに駆け寄った。


「「髪、どうしたの?!」」

二人の口から、全く同じ台詞が出た。

ロングヘア―の暁。

ショートヘアーのみかげ。

まるで入れ替わったみたいだ。


「あ~。私は、オーロラにやられちゃったの。贈り物なんだって」

ほとんど迷惑気に髪を掴む暁だった。

全女性が羨む緑の黒髪も、猫に小判だ。


「……そう、なの」

これで分かった。みかげも、警察から全ての情報を伝えられているわけではなさそうだ。


「私は、自分で切ったの。もうバレエはやらないから。やる、資格がないから」

決めたことを、ただ伝える口調だった。


みかげは、まっすぐに暁を見た。

「暁、ごめんなさい」

ソファーに視線を移す。

「碧も、陽君も、桃ちゃんも、ごめんなさい」


細い体が、歩行器の中で、ふらふら揺れている。


言葉の重みは、四人に伝わった。

それだけじゃない。みかげの母親も、息を呑んで見守っている。


すっ

暁が動いた。歩行器を掴んでいる骨ばった手に、自分の手を重ねる。


「うん、もういいよ!」

出力100%の、光輝く笑顔だ。


優しさ。そして、大らか。

もし、オーロラから「美徳の贈り物」を受けていなくても。

暁ならば、絶対に、そう答えていただろう。

そうだ。なにも変わらないんだ……。


暁が、視線を向けてくる。

次は碧の番だよ。


「……あー。俺も、もういい。やったことはやったことだけど、もう終わったことだし。みかげは、その報いを受けてるって思うから」


囚人しゅうじんでは、なくなった。

今のみかげは、罪をつぐなっている、ざいにんだ。

祖父の呟きが、脳裏に蘇る。

人を呪わば穴二つ、だな……。


隣に座った陽は、正直に言った。

「う~ん。俺は難しい事は分からないけど。謝ってくれたから、もういいよ」


シンプルだ。妹も同様だった。

「私は……暁がいいんなら、いい」

桃は、小さな声だが、はっきりと言った。

ちゃんと、みかげの顔を見て、頷いて見せる。


本当のことだったんだわ。

みかげの母は、静かに実感していた。

娘の話を、信じきれないでいたけれど。

この子達にとって、まぎれもなく現実に起きた出来事だったのね。


だとしたら。あの「仮面」は、どこにいったのかしら?


一通り話を聞いた後、西センターに問い合わせてみたのだ。

ご連絡頂いた仮面の落とし物は、やっぱり娘の物でしたが、と。


だが、既に遺失物として西警察署に回したと返答された。

そして、警察に尋ねても、見つからなかったのだ。

該当する物は、今のところ、記録自体がありませんね。


「座ろ、みかげちゃん」

優しい子だ。暁は、立ったままのみかげを、笑顔で促した。


「うん……。あのね、もうひとつ、言わなきゃいけないことがあるの」

四人みんなに。

そして、できるならば、関わってくれた、地宮の住人たち全てに。


「助けてくれて、どうもありがとう」

初めて、みかげが柔らかく微笑んだ。

自分は生きている。あなたたちのおかげで。


暁が、勢いよく返事した。

「押忍!」

どういたしまして、の意味だ。

思わず、陽、碧、桃と連鎖した。

「押忍!」

「押忍」

「押忍……」


一瞬の間の後。

みんな、笑いだしてしまった。

「もー。押忍ってなんだよ、暁」

「つられちゃったなあ」

「うん、私も」

みかげもだった。笑っている。

【次回予告】

最終話 39.喜劇の終わり

7/19㈯の朝7:10に(1)、お昼の12:10に(2)を投稿致します。

どうぞ最後までお付き合い下さいね。


読んで頂いて、有難うございます。

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