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38.謝罪(1)

子どもが救急搬送されたのだ。

もちろん、全員の親に、即座に連絡が飛んだ。


青天のへきれきだ。みんな、泡を食って病院に駆け付けた。


そして、さらに驚いた。

地元の警察が、事情を聴きにやって来ていたのだ。

事件性の疑いが、消防から警察に通達されていたらしい。


幸か不幸か。当初は、あおいあかつきももが三人ぶっ倒れており、話ができるのは陽だけだった。


尋ねられるままに、陽はもちろん正直に語ったものだ。

大人たちの間に、沈黙が降りた。


「……ええと、それは本当の話、なのかな?」

相手が子供だからか。西警察署の男性は、柔らかく問いかけた。


「はい」

陽が頷く。


すると、横に座った大人しそうな母親が、きっと見返してきた。

「うちの子は、嘘をつきません」


うんうん。

残りの親たちも、一様に同意する。

「嘘をつくほど頭よくないんです!」

陽の母、三ツ矢()は、きっぱり断言した。


碧、桃、暁の三人は、回復した順番に、個別に事情を聴かれた。


全員の話は、すべて同じだった。

違う内容や、矛盾は、ひとつもない。


さらに、警察担当者は頭を抱えた。

首謀者?の加羅みかげを調べると、原因不明の病で、ながらく意識不明の状態だった。

それが、この日の夕刻に、急に目を覚ましたという。


この子たちの話と、完全に一致する。

だが……とても信じがたい、夢物語だ。


集団催眠の可能性も、挙げられていた。

貴婦人の像。

壁面を覆う、カラフルな収納棚。

黄金色の魚は、洗い場の錦鯉か。

きりがないほど、西センターの設備と一致する点があったからだ。


「なにしろ、小学生が四人、実際に西センターで救急車を呼ぶ騒ぎを起こしているんでね。調べないわけにはいかないんですよ」

そう弁解しつつ、遠慮しいしい事情を聴きに行くと、本人はベッドの上で、すんなり認めたのだ。


「はい、そうです。ぜんぶ私がやりました」


いや、自白されてもなあ。

どうしろっていうんだ。

西センターの地下深くにあるというきゅうに、現場検証に行けるわけもない。


おかしなことだらけだ。

子ども達が身に着けていたタキシードとドレス。クラシックチュチュとかいうのも、全部調べた。


ブランドも特定できませんね。タグもないし。

ただ、四着とも非常にクオリティが高い。

個人的に作らせた、特注品じゃないですか。


当然、お値段は跳ね上がる。

加羅からみかげは医者のお嬢様だが、そこまで自由になるお小遣いは持たされていなかった。


いったい誰が、そこまでのお金をかけて?

それとも、あの子たちの言う通り、ピンク色のネズミが縫ったとでもいうのか。


それに、いち()暁。

両親も口をそろえた。彼女の髪は、その日の朝まで、短かったと。

断りを入れて、病室で直接確かめさせてもらったが、カツラじゃなかった。

人造毛をくっ付けた、エクステンションとも違う。

まごうことなき地毛だ。


「暁、謎の毛生え薬でも飲んだの?」

とぼけた父親だ。そんなことをのたまう。


「そんなわけ、あるかーい!」

母親と子供が、同時に鋭く突っ込んだ。

ベッドの娘も、傍らの椅子に並ぶ母親も、わりと強めに裏拳を叩きこんでいる。


それ、けっこう痛いんじゃないかな。

失笑しつつ、両親に問いただす。

「えーと、念のために確認しますけど、お子さん、本人ですよね?」

まさか、別人がなりすましてる?


「それは、もちろん」

怒った顔で頷いた母親に、父親が無駄な一言を添えた。

「ええ。このツッコミは、うちの子です」


結局、何もわからない。

そのうえ、いち()ふた()の親たちは、何もするつもりはない、と明言した。

被害届なんか、出しようがないですよ。

夢の国の話なんですから。


これで終わった。

未解決事件の一丁上がりだ……。


「治療費とか、お見舞金とか、みかげちゃんの家から出すって言われたけど、お断りしたんだって。おかんが言ってたよ」


暁が、一番長く入院していた。

脱水症状に、両足とも疲労骨折の寸前。

プリンシパルの動きを長時間強制されたのだから、無理もない。


あとは、四人全員が同じ診断をされた。

程度の差はあったが、じんぞうの炎症、自律神経失調症。

陽ですら、ふらふらしたのは、そのせいだったのだ。


地宮にいる間。肉体の活動は、無理やり抑え込まれてしまう。

排泄はき止められ、食欲も湧かない。

今回は、あまりに長すぎた。その代償は、きっちり四人の体に与えられたのだ。


それでも、陽は一拍だけで退院したのだから、もともとの頑丈さが違う。

碧と桃は、三日ほどかかった。

やたらに検査されたあげく、医師が、なかなか退院させたがらなかったのだ。


暁も同様だ。

退院した時点で、ほぼいつも通りの状態に回復していたくらいである。

そう……髪の毛を除いては。


「だからね。みかげちゃんのお見舞いに行っても、何ももらってきちゃだめよって」

忘れないうちにと思ったのだろう。

やって来るなり、暁は、その話をした。


まだ息が荒い。待ち合わせ時間ギリギリに駆け込んできたからだ。

以前なら、短い髪の毛も、ぴょんぴょん飛び跳ねているところだ。


今は、頭部だけは大人しい。

サラサラの黒髪が、腰まで伸びている。

暁曰く、何もしなくても常時この状態で、寝ぐせも付かないそうである。

さすが、オーロラの贈り物だ。


陽が、のんびりと頷いた。

「ああ、うちも断ったって。碧のとこもだよなあ」


碧は、早口で受け答えた。

「うん。お土産とか持たせられそうになったら、俺が上手くやるから。じゃ、行くぞ」


ここには、あまり長居したくない。

西センターのエントランスホールだ。

あれ以来。警備員のほとけざきさんは、慈悲深い微笑ではなく、遮光器土偶みたいにすがめた目を向けてくる。


おにづかさんは、もともと誰にでも平等に厳しいから、あまり変化はない。

それにしたって、たいへんに居心地が悪い。


でも、ここから地下鉄の駅は、すぐだし。

この四人で待ち合わせて出かけるには、ちょうどいい立地なのだ。

外は寒いし、区施設は活用しよう。と、みんなで決めた。


碧は、とっとと歩き出した。

自動ドアが開く。

桃が、気づかわし気に尋ねた。

「暁、もう体は大丈夫?」

「うん! 行こ、桃ちゃん!」

暁は、輝くような笑みを浮かべた。


みかげが、暁に会いたがっている。

その話は、医師である碧の祖父から伝わってきた。


みかげの父親も、地元でクリニックを開業している。

所属する地区医師会は異なるが、狭い世界だ。

双方ともに、多少の面識はあったという。


今回の騒動が、一段落するころ。

つまり、警察が、それ以上調べる気を無くし、四人全員が無事に退院した後だ。

みかげの父親が、共通の知り合いを介して、碧の祖父に接触してきたのだそうだ。


娘は、転院して、しばらく入院することになった。

お願いするのもはばかられるが、もしよかったら、病院に会いに来てもらえないだろうか。

続きの(2)を、本日7/12㈯お昼12:10に投稿致します。


そして、次回 39.喜劇の終わり で最終回となります。

どうぞ最後までお付き合い下さいね。

読んで頂いて、有難うございます。

感想を頂けたら嬉しいです。

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