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34.崩落(2)

二人は、目を合わせた。

同じ思いなのが、お互い分かる。


こうなるなんて!!


足元のすぐ先で、床が終わっている。

今度は、鏡の裏側のカーブに沿って、床が切り落とされたのだ。


向こう岸は……同じく弧を描いて、すっぱり無くなっている。

扇型の穴だ。

切り落とし損ねた、いびつな三角形が二つ。

舞台奥の両端に、それぞれ残されていた。


それだけだ。

あと残っているのは、ここ。

7枚の鏡が立っている、づき形の島だけだ。


だんがいぜっぺき……。

切り立った険しい崖。

また、危機的な状況をたとえていう。


今は、その両方だ。


碧の優れた脳内辞典が、まさに現況を言い表す単語を叩き出した。

でも、それどころじゃない。


「碧、もうダメだよ。行こう! みかげちゃんは私が連れてくから!」

暁が、みかげに這い寄りながら言った。


よく落っこちなかったものだ。

崩した正座の左足なんて、床からはみ出して宙に浮いている。


行くしかないのか?

碧は、広がる谷間を振り返って、立ちすくんだ。

鏡の縁を掴んだ手が、動かない。

接着剤で、くっ付けたみたいだ。


「みかげちゃん、私と手を繋いで」

暁は、ちゃんと伝えてから、だらりと下がった腕に触れた。

やっぱり無反応だ。

手を握ってみた。みかげは逆らわない。

行ける。大丈夫だ。


「碧?」

準備できた?

暁は、後ろにいる碧に、声だけで問いかけた。

いつもなら、ぱっと振り向けるのにな。


無言。

「碧……?」

どうしたの?

もう時間がないのは、碧だって分かっている筈なのに。


「案内板、他のアクセスは……、」

え?

後ろから聞こえてきた碧の言葉に、暁は耳を疑った。

なんで、また聞いてるの?


案内板の答えも、さっきと同じだった。

『ありません。提示された条件を叶えるアクセスは、こちらのみです』

「うん……。そうじゃなくて、その……」

碧は口ごもった。


どうしよう。決心がつかない。

奈落に飛び込むことも。

そして、この問いを、案内板に投げ掛けることも。


一瞬の間があった。


『条件を変えれば、他のアクセスをご案内できますが』

びくっと碧の体が震えた。

ビンゴだ。


条件を変える。

それが、このアクセスを回避する、たった一つの手立て。


途中から、碧は気付いていた。

それを尋ねるか、ぐずぐずしていたのだ。


『たとえば、囚人めしゅうどは除いて、客人まろうどの自分達だけが帰ることのできるアクセス。そのように条件を変えてみては?』


尋ねてもいないのに。

綺麗な声が、残酷な提案をしてくる。

悪魔の誘惑だ。

やけに甘ったるい、愛想笑いを含んだ声が、親切ごかしに案内を続ける。


『その場合のアクセスは、』


たまらず、碧は寸前でさえぎった。

「だめだ!」


ほら、あなたが求めているのは、これですね。

そうやって目の前に差し出されてみて、ようやく碧にも分かったのだ。


それは聞いちゃだめだ。

もし、そのアクセスが、これよりもずっと安全だったら?

自分は、きっとそっちを選んでしまう。


陽が、せっかく危険を顧みず、最初に飛び込んでくれたのに。

その思いを台無しにしてしまうことになる。

だめだ! そんなの!


碧は、固く目を瞑った。

縋りついた鏡から、またもや声がする。

猫なで声だ。


『怖いですか? では、こうしたら助かった、という話を聞いてみませんか』


ああ、そうだよ。怖いに決まってる。

俺は、陽とは違うんだ。

あんなふうにできるもんか。

助かる? どうすれば……?


碧の心を読み取ったかのように、声は止まらない。

誰も尋ねてなんかいないのに。


『飛び込む前に、自分の一番大切な物を、奈落に落とせばいいのです。きっと、あなたを守ってくれるでしょう。昔から行われている、おまじないです』


ちがう!

暁の頭に、警報が鳴り響いた。

理屈ではない。ほとんど直感だ。


喋ってるのは、いつもの案内板じゃない。

声も、なんだか、いつもより低いみたいだ。

女か男か分からない、微妙なラインの声。


碧を馬鹿にしてる。

そそのかして、面白がってる。

誰かが、そこにいるの?


いつもの暁だったら、1秒で鏡の表側に駆け込んでいただろう。


だが、誰もいる筈はない。

中央に立つ鏡の縁に、ピエロのお面がくっ付いているだけだ。


だが。一目見たなら、気付いただろう。

白と青、二色に塗り分けられたお面の顔が、青一色に変わっていたことに。


暁は、無理やり上体をひねった。

碧が、ようやく視界に入る。

そして、一瞬で、状況を理解した。


震える手が、タキシードの袖口に動く。

もちろん、自分は、そこに何があるのかを知っている。


へきぎょくを連ねたブレスレットだ。

碧の、一番大切なもの。

亡くなったお父さんの形見だ。


「だめ! 碧っ!!」

理解した瞬間に、暁は叫んでいた。


ぐらり

疲労で重く痺れた体が、急激な動きについていけず、傾いだ。

はっと慌てた。

だめ、コントロールが利かない。


暁は、あおけで、倒れた。

その先に、床は無い。

真っ暗な深い穴が、暁の体を待ち受けていた。

【次回予告】

35.携諦携諦ぎゃーてーぎゃーてー

6/21㈯の朝7:10に(1)、お昼の12:10に(2)を投稿致します。


毎週㈯に投稿していきます。

ぜひ、続きもご覧くださいね!


読んで頂いて、有難うございます。

感想を頂けたら嬉しいです。

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