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34.崩落(1)

『0』のアナウンスは、大きな衝撃音に掻き消された。


がごっっ!!

音と共に、床が抜け落ちた。

第一段階の時とは、比べ物にならない。


碧は、目を見張った。

こんなにか?


振動は、次第に収まっていった。

鏡に縋ってしゃがんでいた碧は、ようやく立ち上がることができた。

それでも、手は鏡の縁を掴んだままだ。

無理だ……。怖くって離せやしない。


伏せていた暁も、顔を上げて前を見た。

途端に言葉を失う。


鏡の前に開いていた弓形の穴は、大きく広がっていた。

いや。もはや、穴じゃない。

ステージ前面の床が、全て、落ちてしまっている。


こっち側は無事だ。

弧を描いて置かれた鏡を境に、ステージ後面の床は残されていた。ちょうど半分だ。


「これが第二段階。次が、第三段階……」

暁が呟いた。

すると、案内板が反応した。

自分達は裏にいるから、お面の顔は見えない。声だけが聞こえる。


『はい。ご案内しているアクセスは、第四段階が発動したら、使えなくなります』


つまり。次に床が落ちたら、もうラストチャンス状態ってことだ。


すうっと、暁が息を吸い込んだ。

疲労で重く痛む体に、気合を入れる。

動け。動くんだ。今!


下半身の方が、キツい。どんなに頑張っても、ほとんど言うことを聞かなかった。

上半身は、まだ根性が通用した。

腕だけを頼りにして、なんとか後ろを振り向く。


無駄かもしれないけど、説明しなくちゃ。


「あのね、みかげちゃん、」

みかげは、ぼんやりと座り込んでいた。

暁の呼びかけにも、反応しない。

さっきの振動で正気に返ることもなかったようだ。


のっぺりとした顔だ。表情が、すっかり抜け落ちている。

ハイブランドのワンピースも、なんだか見すぼらしく見えた。


あれ?

暁は、ちょっと首を傾げた。

こんなにペナペナな生地だったかな。


なんだか、違和感を覚えた。

崩した正座から覗く革靴も、妙に安っぽい。

テカテカした色目だ。

それに、飾りもなく、すぽんとしている。


この靴も、こんなデザインだったっけ?

まるで、ぺたぺたと素足にペインティングしただけに見える。


でも、ひっかかった気持ちなんて、圧倒的な痛々しさに掻き消された。


細い足首に括り付けられている、太い蔓。

白いレースの靴下には、大きな穴が開いてしまっている。

蔓が、下から生地を突き破って出て来ているのだ。


よく見れば、一本じゃない。何本もの細い蔓が縒り合わさって、極太のロープと化しているのだ。

これじゃあ、力を込めても引きちぎれないだろう。


蔓の先っぽに、オレンジのかぼちゃが生っている。

大きい。でーんと床に鎮座している。

〔何キロあるでしょう?〕

そんなクイズ付きで、ハロウィンの時季にスーパーで飾られているやつ。あれに、そっくりだ。


これを引きずって歩け。

そう、罪人に科された重石おもしだ。

ああ。間違いなく、これは足枷なんだ。


泣きたい気持ちになりながら、暁は繰り返し呼びかけた。

「ね、みかげちゃん、私といっしょに帰ろ。いっしょに降りれば大丈夫だよ。目を覚まして、むこうで会おうよ」


だめだ。みかげは、眉一つ動かさない。

しかたがない。

同意無しで行くしかなさそうだ。


悲し気に息をつくと、暁は腹を決めた。

「碧!」

あれ? こっちも返事がない。

またぞろ、じたばたなんぎょうぎょうの末に振り返る。


碧は、ぺったりと床に伏せていた。

鏡と鏡の合間から、奈落の縁に身を乗り出している。

慎重派の碧だ。ちゃんと調べているんだろう。


「下、なにか見える?」

暁が尋ねた。


這いつくばった碧は、そのままの姿勢で、正直に首を左右に振った。

「明かりが届く範囲までは、穴が続いているのが分かるんだけど。その先は真っ暗で、何も見えない」


碧は、見たままの様子を告げると、再び奈落の底に視線を落とした。


わからない。

陽と桃は、無事に帰れたんだろうか?


飛び込んだ直後に、第二段階の振動が来た。

震度5レベルの大揺れだ。

あれじゃ、たとえ陽が大声を出していたって、気が付かなかったよな……。


「碧、」

また、暁が呼んだ。

声のトーンだけで分かる。こっちに来て、だ。


碧は上体を起こした。

見てたって、なにも分かりゃしない。

暁の方へ寄る。ほんの二、三歩の距離だ。


対面した途端。碧と暁は、二人して驚いた。

こんなに青ざめた幼馴染の顔は、初めて見た。


生まれてこの方、ずっと一緒の間柄だ。

だから、断言できる。

今まさに、お互い、ぶっちぎりで人生一番の危機的状況だ。


でも……。

暁の表情を見て、碧は悟った。

固く引き結んだ唇。そして、強い眼差し。

暁は、迷ってない。


「私たちも行こう」

きっぱり、暁は言った。


「……安全の確証がない。もう少し、」

ぼそぼそ抗弁する碧を遮って、暁は言い募った。

「第三段階が、いつ来るか分からないんでしょ。もう行ったほうがいいよ」


あ、それだ!

碧は、途端に勢い込んだ。

「案内板、さっき、第二段階が来る前に知らせてくれたよね。予測が可能なんじゃないの?」

勢い込んで、碧は大声を出した。


向こう側から、すぐに声が返って来る。

『いいえ。きゅうを巡る水の力は、常に変化しているため、あらかじめの予測は不可能です。水の流れる方向、勢い、湖の水量などが主な要因となり、この事象を引き起こしています。確定するのは、およそ30秒前です』


「でも、30秒前には分かるってことか」

よし。まだ考える時間は残されてる。

まずは、保険をかけておくか。


「じゃあ、第三段階が確定したら、すぐに教えて」

『かしこまりました。ちょうど今、確定しましたのでご案内致します』


流暢に続けられた案内に、碧は目を剥いた。

「はああっ?!」

『残り17秒で、第三段階が発動致します。鏡側に寄って下さい』


がたがたがたっっ

振動だ!

いきなり、問答無用で始まった。

初手から、さっきよりも激しい。


悲鳴を上げる暇すらない。

暁は、伸び上がって鏡に縋りついた。

「みかげちゃん! こっちに!」

急いで叫んだ。振り向く余裕も、ない。


だが、目にしていたら、さぞ驚いただろう。

ふらふら

振動に合わせて揺らぐ、みかげの体が。

ふわふわ

時折、床から浮かび上がっていたのだから。


この激震のなかで、つながれたかぼちゃの方は、どっしりと床に座している。

こっちも不自然だ。

だが、暁にも碧にも、気付く余裕なんてない。


『9、8、』

「さっきよりも早くないか?!」

碧も、隣の鏡の縁に縋りついていた。

いきおい、表側にいる案内板を責める口調になる。


第一段階から第二段階が起きるまでの時間は、もっとあったじゃないか!


『各段階を経るごとに、加速度がつきます』

「なにそれ? もっと簡単に言って!」

暁の国語力オーバーだ。


『だ』

「だんだん速くなる!!」

案内板よりも早く、碧が答えた。


その途端。

がごっっっ!!!

床が、落ちた。


狼狽えた悲鳴が、ハモった。

碧も暁も、一瞬で理解した。

どうして鏡側に寄れと言われたのか。

それは……。

今度は、こっち側が落ちるからだ!


『第三段階が完了しました。「大ナマズのかなめいし」が、これにて外れました。アクセスは、お早目にご利用下さい

続きの(2)を、本日6/14㈯お昼12:10に投稿致します。

ぜひ、続きもご覧くださいね!


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