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33.奈落(1)

穴の底は見えなかった。ただ、漆黒の闇が、どこまでも続いている。


それだけ深いってことか。

体を伏せて覗き込んでいた陽は、慎重に立ち上がった。


見渡して、さらに表情を険しくする。

でかい。

大きな音が、したわけだ。これだけの面積が、一気に床から抜け落ちたんだから。


穴の形は、切り分けたスイカだった。

カーブを描いた鏡の前をギコギコ切り取ってから、すっぱりと直線で結んでいる。


それにしても、ぎりぎりだ。

かろうじて立ち居できるスペースが、鏡の前に残されている状態である。


振り向くと、すぐ後ろに、案内板があった。


「あのさあ、パラシュートとか使っちゃだめかあ?」

よろずそうを探せば、あるかもしれない。


だが、ピエロのお面から却下された。


『いいえ。落下の速度に影響を与えるため、アクセスの妨げにります。目的地に辿り着けなくなる可能性が高いです』


なるほど。

下手な手立ては許されないわけだ。

5人全員で、ここから、ぴょんと飛び降りろってことか。


でも、そうすれば、自分達は西センターのエントランスホールに戻ることができる。

さらに、病室で眠ったままのみかげは、意識を取り戻せる。


そうはいってもなあ……。

これじゃ、命綱無しのバンジージャンプだ。

もし上手くいかなかったら?

ケガどころか死ぬ。即死だ。


「じゃあさあ、5人同時じゃなきゃ、だめ?」

ダメもとで尋ねたのだが、意外な返事がきた。


『いいえ。順番は問いません。一人一人バラバラに飛び降りても、複数同時でも構いません。ただし、時間的な制約があります』


お、いいぞ。それなら。

「どのくらい? 何分? それとも何時間?」

陽は、一人でガンガン質問した。


『正確な時間は、現時点では算出不可能です。リミットについて、詳しく説明いたしますか?』

「うん、頼む」


『かしこまりました。現在の奈落ならくの形状は、第一段階です。時間が経つと、さらに舞台に穴が開いていきます』


これより、もっとか?

思わず、陽が息を呑む。


『第二、第三段階と、奈落は広がっていき、第四段階で最終形態となるのです。アクセスが可能なのは、第四段階の奈落が落ちてしまう前までです』


「落ちて、完成しちゃったら、もうダメなんだ?」

『はい。第三段階の奈落のうちに、飛び降りる必要があります』


この地宮ちきゅうの大原則。

失敗は三回まで許される。

その準用か。


陽が納得していると、碧が質問会に参入してきた。

鏡の間から恐る恐る出て来ると、開口一番、こう尋ねる。


「これ以外のアクセスは?」

『ありません』

即答だ。


強張った碧の顔から、さらに血の気が引いた。

ゆっくりカニ歩きして、陽の隣に並び立つ。

そして、碧も、こわごわと奈落を見下ろした。


誰が見たって同じだった。

なんにも見えない。真っ暗がりだ。


「でも、奈落ってさ…、舞台の床下にある地下スペースのことだろ?」

碧が、訝し気に案内板を問い質した。


観劇の折り、暁の母が山ほど語る豆知識が役に立つ日が来るとは。


奈落の用途は様々だ。

通路として使われたり。舞台へせり出す装置が設置されていたり。


だから、覗き込めば、ぼっこり引っ込めた床面と、その下に広がる地下スペースが見える筈なのだ。

そう、普通ならば。


『はい。当劇場には、通常の奈落に相当する設備は存在しません。これは、単なる穴です。便宜上、奈落と呼称しているだけです』


あっさり肯定された上に、とんでもない情報まで付け足されてきた。

『この穴は非常に深く、途中、巨大な岩石を貫いて続き、最後は嘆きの湖へと出ます』


いやもう、それならむしろ奈落で合っている。

地獄の方の「奈落」だ。


だが、もはや言葉にする気力が失せてしまった碧だった。


陽は、うつむいてしまった碧に目をやった。

まだ、納得してないし、決心もついていないか……。

こんな方法じゃなくて、他に手がないか。

碧は、そう考えてる。


でも、案内板は断言した。

ここから飛び降りる以外、帰り道は無いと。


暁は?

陽は、視線を移した。

チュチュ姿で、鏡と鏡の間に、ぺたんと座り込んでいる。

可憐な衣裳が台無しのポーズだ。


こっちを向いた顔は、青ざめていた。

これまでの話は、きちんと聞いていたらしい。


それでも、整った大きな瞳に、怯えの色は浮かんでいなかった。

うん。大丈夫だ。パニックに襲われて、取り乱すような玉じゃない。


連れてきたみかげが、ぼんやりと、その後ろに座っている。


こちらは、逆に安心だ。

連れてくる際に声を掛けた時も、まったく口をきかなかった。

どこかに心を置いてきてしまった様子だ。


みかげのことは、誰かが手を繋ぐなり、おんぶするなりして、一緒に飛び込めばいい。

このぶんじゃ、抵抗することもないだろう。


そうだなあ。やっぱり、桃が一番まずい。

自分の妹を思った時、陽の腹は決まった。


「碧、いいか、」

小声で声をかけると、碧が訝し気な顔をした。

眼鏡の奥の瞳が、自分に尋ねている。

どうして内緒話なんだ?


陽は、一息に告げた。

「俺が、桃を連れて先に飛び降りる。その様子を見て、大丈夫そうなら、お前達も来い」


碧が、息を吸い込んだ。叫ぶ寸前の動きだ。


さっ

陽が首を横に振って制止すると、聡い碧は、瞬時に察した。

代わりに、押し殺した小声が口から出てくる。


「待てよ、陽。まだ早い。他の手段を、なんとか案内板に聞いて、」

「ないって言ってた。リミットがある。早いうちに決断して、実行したほうがいい」


このまま悩み続けて、引き伸ばしたら。

それだけ、桃が辛い思いをするんだ。


陽は、碧の耳に、ぐっと顔を近づけた。

今度は、本当の内緒話だ。

「もしも、叫び声や呻き声が聞こえてきたりしたら……来るなよ」


碧の目が、見開かれた。

反射的に、小さく首を振る。

いやだ。待てよ。

そう言いたいのに、声にならない。


ぽんぽん

陽は、碧の肩を叩くと、笑顔で力強く頷いてみせた。

そうだ。こういう時は、誰かが先陣を切ってやってみせないと、決心がつかないんだ。

続きの(2)を、本日6/7㈯お昼12:10に投稿致します。

ぜひ、続きもご覧くださいね!


読んで頂いて、有難うございます。

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