表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/78

32.初期化(1)

再び、静寂が戻った。


あれだけ荒れ狂っていたオーケストラボックスの泉が、ぴたりと止まった。

ぼこぼこに盛り上がった水面が、強制的に凪いでいく。

ほどなく、茶色い弦楽器が、元通りに浮かんだ。

木の葉をきちんと並べたみたいな眺めだ。


しゃん!

舞台袖に引いた幕も、しとやかに垂れ下がった。

くちゃくちゃに丸まったというのに、布地にはシワひとつ無い。

大急ぎでスチーマーを当てたかのような、綺麗な仕上がりだ。


見なくても、あおいには分かっていた。

泉には、誰もいない。

カーテンにも、何も張り付いていない。


ばたん!

大きな音と共に、目の前の床が嵌まった。

下から、抜けた床がり上がってきたのだ。


穴が開いていたなんて、誰も気付かないだろう。

継ぎ目は、完全に紛れてしまっている。


初期化って、こういうことだったんだ。

全部、最初の状態に戻された。

地宮ちきゅうの住人は未だ登場しておらず、ステージだけが調ととのえられている。

振り出しのコマだ。


「碧? 大丈夫か?」

立ち上がろうとしない。

ようは、訝しみつつ、碧の体を抱え起こした。

そんなにダメージは無かった筈だ。空手の稽古の方が、格段に荒っぽいのに。


ぎょっとした。

碧が、小さい時の顔をしている。

これは、あと5秒で泣き出すやつだ。


「ごめん、陽……。俺のせいだ。俺が何も考えないで、うんって言っちゃったから」

声は、既に泣き出している。


「って、今のか? いや、碧のせいじゃない! 前のときと同じで、退場したんだろ」

陽は、力いっぱい否定した。

泣かれては困る。

それに、どうしてだろう?

よく分からないが、碧は自責の念に駆られているらしい。


「退場じゃない。初期化しちゃったんだよ」

激しく首を振ると、碧の目から涙が零れ落ちそうになった。


感情とは別に、頭が冷静に動き出す。

そうだ。ド・ジョーが言っていた。

もうすぐ退場しなければならないと。

だから、きっと別離の時は訪れていた。

でも、その前に、自分が、違うボタンを押してしまったんだ。


「ちゃんと、さよなら、言えなかった。ありがとうも、」

言いたかった。

自分だけじゃない。みんな、そうだろう。


後悔が、涙を押しとどめるストッパーになっていた。

泣いちゃだめだ。ももにも、あかつきにも、ちゃんと謝らないと。


そこに、小さな声が聞こえた。

「うん、碧。私も言いたかった」

桃だ。いつの間に来ていたんだろう。

陽の隣で、そっと自分を見つめている。


桃の瞳が、ちょっと濡れていた。

碧が息を呑む。だが、謝ろうとする前に、桃は口を開いた。


「でもね、碧。言えなかったんだって、黒鳥さんたちには伝わっていると思う。だから、大丈夫」


小さく、桃は微笑んだ。

桃は、決してお追従なんか言わない。

その言葉は、いつだって偽らない、自分の気持ちだ。


陽も、力強く頷いた。

顔に、「その通りだから泣くな」と書いてある。

思ったことが、電光掲示板なみに出るのだ。


嘘の無い二人だ。

どれだけ、自分は助けられてきたことだろう。

改めて実感した。

やっぱり、最強の「はとこ」ペアだ。


そして、幼馴染も、こっちにやって来た。

腕を使って、ずるずると床を這ってくる。

けっこう怖い。髪が長かったら、オカルトの生霊そのものだ。


ふざけているわけじゃない。

もう、ちゃんと立って歩けないくらいなんだ。


暁は、ワニ歩きで力任せにゴールした。

顔を上げて、碧を見つめる。

真面目な顔つきだ。

整っている容貌が、更にグレードアップしている。


「私も、桃ちゃんの言う通りだと思う。大丈夫だよ、碧」

きっぱりと断言する。


暁は、いつだって、そう言うんだ。

大丈夫だよ、碧。


そして、ぱあっと笑った。

「あのね。ド・ジョー達には言えなかったけど、みんなには言えてよかった」


まさに、光輝くような笑顔だった。

十人のうち十人をメロメロにさせる、暁の必殺奥義。


「碧、陽、桃ちゃん。助けに来てくれて、ありがと!」

しかも最高出力だ。


だが、首から下は、じたばた、のたくっていた。

なんとか立ち上がろうとしているらしい。

だが、控えめに表現しても、上から踏んずけられてくカメだ。


たまらず、桃が噴き出した。

暁の謝辞に、こくこくと頷いて返す。

もう、泣き笑いだ。


陽が、顔と言葉の両方で返事した。

「どういたしまして!」

暁と拮抗する、いい笑顔だ。


ぽんぽん

碧のタキシードの肩を、陽の手が優しく叩いた。ゆっくりと離れていく。


……うん。大丈夫だ。自分で立てる。

涙の蛇口も、きゅっと閉まった。


声に出力できるほどの余裕は、まだない。

碧は、精一杯しゃんと立ち上がると、暁を見つめて、無言で頷いた。


口から出せない思いが、みるみる溢れてくる。

うん。よかった。心配したんだ。

これまでで一番に心配したんだ。


本当は大声で喚き散らしたいくらいだった。

暁は赤ちゃんのときからの幼馴染だ。

なんだよ。俺は結局、物心がついた瞬間から、こいつの心配をし続けてるんじゃないか。


だが、ひとつも言葉にならなかった。


でも、暁には、正確に伝わっていた。

碧の、震える手。噛み締めた唇。

赤く潤んだ目……。


どれだけ、碧は心配してくれたんだろう。

そして、自分を助けるために、何をしてくれたんだろう。

陽も、桃ちゃんも。

もういない、地宮の住人の皆もだ。


聞きたいな。

ちゃんと、ゆっくり、元の世界で。


見かねた桃が、手伝って体を起こしてくれた。

なんとか、ぺたんと座り込む。


「ありがと、桃ちゃん」

晴れて、みんなの顔を見渡すことができた。

言いたかった言葉が、自然と零れ出す。

「帰ろ、みんなで」

続きの(2)を、本日5/31㈯お昼12:10に投稿致します。

ぜひ、続きもご覧くださいね!


読んで頂いて、有難うございます。

感想を頂けたら嬉しいです。

ブックマーク・評価などして頂けたら本当に嬉しいです。とっても励みになりますので、ぜひよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ