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3.夕焼けチャイム(2)

ふっと桃が気付いた。

暁が静かだ。暗い顔をしている。


「暁? 大丈夫?」

そっと、上着の袖に触れて、顔を覗き込む。


やっぱり、最近の暁は、元気がない。

普段が元気すぎるので、ダウンしても一見普通に見える。


だが、暁を知る人には、歴然としていた。

今日の稽古では、空手教室の先生にまで、

「ど、どうした、暁?! 元気ないぞ?」

と心配されていたのだ。


「うん、大丈夫」

それでも、桃の顔を見て、安心させるように笑みを浮かべる。


「ごめんね、みんな。そんな危険な目に合わせちゃったんだね、私のせいで」


「は?」

今度は、碧が慌てた。


「いや、俺はそういうつもりで言ったんじゃない。単なる仮説だし。もしまたあの世界に行っちゃったときは、なるべく早くに帰ってきたほうがいいと思うって、そう言いたくて、」


どんどん尻つぼみになった。

暁は、何をどう言っても、しゅんとしたままだ。

0才児からの付き合いのなかで、こんな暁は相手にしたことが無い。

調子が狂ってしまう。


困り果てた様子の碧を、陽が遮った。

「大丈夫だよ、暁も、碧も」


二人が、それぞれの表情で見つめてくる。

碧は、救世主に縋る目で。

暁は、びっくりするくらい頼りない目で。


陽は、弟分のはとこと、その幼馴染に告げた。

「俺達は、みんな無事だっただろ? それに、もうあの世界に行くことはないんだから」


碧のは、取り越し苦労だよなあ。

頭がいいぶん、どうも考え過ぎてしまうきらいがある。


陽は、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。

「みかげも、きっと助けよう。大丈夫だよ、ちゃんと信じてもらえる」


ようやく、暁が微笑んだ。

「陽が言うと、ほんとにそうなりそうだね」


嘘は言わない。いや、そもそも言えないのだから。


暁の腕にくっ付いたままの桃が、こくりと頷いた。

大丈夫。兄の主張に、無言で賛同する。


桃も、勢いやその場の雰囲気で、無責任に同意したりしない。

いつだって、きちんと自分の考えを表す子だ。

小さい声だから、聞き流されちゃうことも多いんだけど。


碧は、三ツ矢(みつや)家兄妹を、心から頼もしく思った。最強のはとこ達だ。


碧にも、自然と微笑みが戻った。

うん、と頷く。

ハードルは高いけど、きっと大丈夫。


のんびりとした口調で、陽が碧を力づける。

「嘘でなけりゃ、自信満々で行け。それが信じてもらう秘訣だって、お父さんが言ってた」


三ツ矢家ゴッドファーザーによる訓示である。

ありがたく心に刻もう。


ピッ ピッ ピッ

ポォーン!

エントランスホールに、時報が鳴り響いた。

大画面に表示されている時刻を見るまでもない。もう五時だ。


聞き慣れた音楽が、辺りに流れる。

夕焼けチャイムだ。


「帰ろっか」

暁が、言うのと同時に歩き出した。

方針は決定した。あとは各自が実行するのみである。


「あ、そうだ、暁! オーロラからもらった髪飾り、ちゃんと持ってるか?」


忘れていた。念を押しておかないと。


碧の質問に、暁が急停止する。

「え? あー!」

慌ててスポーツバッグを探り始める。


全員、立ち止まった。

まだ、噴水前だ。いくらも進んでいない。


前ポケットのファスナーを開けると、暁は髪飾りを取り出した。


久しぶりに見ると、やっぱり桁外れに豪華だ。

ティアラをかたどったゴールドに、泥棒が大喜びしそうな大きさの宝石が、何個もあしらわれている。

小学生が持っているような品ではない。


「よかった、あった」

ずうっと入れっぱなしである。


やっぱりな。

碧にはお見通しだ。


一ノ瀬(いちのせ)家が、くそ忙しい共働き家庭でよかった。

洗濯した道着とスポーツタオルは、ダンクシュートするみたいに吊り下げたバッグに叩き込んでいる。

絶対に、前ポケットまで見ちゃいない。


「暁、それ、あーちゃんママたちに見せて。証拠があったほうがいい」

「うん! わかった!」


だが、自分で言っておきながら、碧は途端に日和った。

「あ、でも待てよ。最初に見せちゃったら、逆にそれをごまかすための作り話だと思われるか? だったら、話をしてから、その後で出してみせるほうがいいかな」


ぶつぶつ。

すっかり、思考の迷路に迷い込んでしまっている。


「そこまで考えなくてもいいんじゃないか?」

陽が割って入った。

困ったものだ。碧は、また考え過ぎている。


続けて語り掛けようとして、陽は急に口をつぐんだ。

妹が、後ろにぴったりとくっ付いてきている。

おびえたような表情だ。


「どうした、桃?」

何かあったか?

素早く辺りをぐるりと見渡す。

人々は、さっきと変わりない。


あれ? でも。

陽も、ようやく気づいた。

「おかしいよね、チャイムが」

桃が、兄に訴えた。


そうだ。

さっきから、館内には「夕焼け小焼け」のメロディが流れていた。五時に鳴る決まりだ。


一昔前は、「良い子は、もうおうちに帰りましょう」と促すアナウンスも入ったらしい。

現在では、時世をかんがみたのか、音楽のみだ。


まだ、流れている。

終わらない。こんなに長かったか?


夕焼け小焼けで日が暮れて

山のお寺の鐘がなる


また最初に戻った。

繰り返しているんだ。


音も、ぐんと大きくなった。

やけくそのように、続けて鳴っている。

おかしい。何か不具合かな?


「っ!」

暁が、急に息を呑んだ。

陽が暁を振り返った。

碧も、桃も。みんなの視線が集まる。


暁の足が、光っていた。

青白く。

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