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24.小鳩(1)

下手しもて側の舞台袖は、がらんとしていた。

かなり広い。小部屋ほどのスペースだ。

学校の体育館とは、桁が違う。


誰の姿も、見えない。

陽は、素早く辺りに目を配った。

いや、いる。

陽は、傍らの碧と桃に、指差しで伝えた。


蝶だ。

幕の裏側に、びっしりと止まっていた。


カラフルな飾りを散りばめたように見えた。

羽の色や柄が、それぞれ違う。

みな、ぴくりともしない。じっと羽を休めている様子だ。


「胡蝶だね。舞台係だろう」

碧が小声で言った。

「たぶん、大道具とかを片づける時まで、待機しているんだと思う。もう少し向こうに行こう。刺激しないほうがいい」


人の形を取られたら、やっかいだ。


こそこそ

なるべく静かに、三人は突き当りまで行った。


扉や通路は、どこにも見当たらない。

そうだった。碧は思い出した。

舞台袖は、どことも繋がってなかったんだっけ。


とにかく尋ねてみよう。

「案内板、加羅からみかげはどこにいる?」

胸元の青い花に向かって、碧はささやいた。


花芯から、小さなお面の顔が覗いている。

そこから音声が流れた。いつもより音量が小さい。

『現在、花束のうたげに出演中です』


「だよなあ」

陽が天を仰いだ。

やっぱりそうなるか。

暁は、「加羅みかげ」の名前で踊らされているのだから。


「でも、暁をここまで連れて来なきゃいけないだろ。それに、きっと様子を見張ってる。みかげは、絶対に近くにいると思う」

碧は断言した。

それより、もうひとつの質問だ。


「じゃあ、オーロラは、どこにいる?」

案内板は答えた。

小声で聞くと、ちゃんと返事も小さくなる。


『オーロラも、ここで花束の宴を観ています』

ここで?

三人とも、きょろきょろした。


はっ

碧が、いち早く気付く

「そうだった。オーロラは、決まった姿を持たないんだ」


最悪、目に見えないものだったら?

見つけるのは至難の業だ。

碧は、頭を抱えたくなった。


「ええと、オーロラと話しがしたいんだよ。どうしたらいいかなあ?」

すかさず、陽が切り口を変えて尋ねた。


その質問で正しかった。

葡萄ぶどうだなに上がれば、可能です。そこでオーロラと会って、話ができるでしょう』


「ぶどうだなって、何? アクセスは?」

碧は、一瞬で立て直した。

こうなると反応は早い。


『舞台の真上に設けられている、格子状の天井のことです。見た目が葡萄棚に似ていることから、そう呼ばれます。物を吊るしたり、何かを降らせたりする際に使われます』


なるほど。舞台の演出で、紙吹雪とか降らせるやつか。


『宴の間は、舞台袖から直接のアクセスが可能です。今、操作します』


ういーん

ばさり

動作音がして、上から重たげな縄が降ってきた。

編まれて、梯子になっている。アスレチックで、お目にかかるやつだ。


なわばしを降ろしました。こちらを上ってください』

「そう来たか……」

「俺が行くかあ?」

陽が、碧の顔を覗き込んだ。


確かに、陽のほうが早いだろう。

だが、碧は首を振った。


「いや、俺が行く。予定通りにしよう。陽と桃ちゃんは、みかげを捜してくれ」


そして、見つけたら、取り押さえるのだ。

それも作戦のひとつだった。


もし、暁が門出かどでに失敗したとしても、みかげは何を仕掛けて来るか分からない。

あらかじめ捕らえて、封じ込めておくのがベターだ。


ただし、荒事あらごとになる可能性が高い。

陽が適任だ。

そして、桃は「切り札」を持っている。

暁の近くにいたほうがいい。

となると、消去法で自分だ。


分かっちゃいるが、文句は言いたい。

大体、この地宮ちきゅうときたら、とことん、場所から場所への移動が、一筋縄ではいかないようになっている。


「誰の趣味だ? 嫌がらせか? 根性悪いぞ。責任者を出せ。ああ、オーロラがそうか。会ったら、ガツンと、言ってやろう」

一言一言、毒づきつつ、碧は懸命に縄梯子を上った。


怒りのパワーは偉大だ。

ほどなくして、天井が見えてきた。

すっかり息が上がっていたが、自分にしては上々だ。

今度から、アスレチックは、この方法でいこう。


天井の床に手をかけて、体を乗り込ませる。

よし。ゴールだ。


碧は、床に這いつくばったまま、ずりずりと振り返った。

下界を見下ろす。


三ツ矢兄妹は、縄梯子のふもとで、こっちを見上げていた。そろって心配気だ。

碧が手を振ってみせると、ようやく二人とも、ほっとした表情を浮かべた。


「気を付けてね、碧」

桃に頷くと、碧は伏せたまま、ゆっくりと方向転換した。


そろそろと立ち上がる。

よし、いいぞ。これからは、座右ざゆうめいに「石橋を叩いて渡る」も追加だ。


目の前には、横長の部屋が広がっていた。


高さは結構ある。意外だった。大人でも屈まずに歩けるだろう。

葡萄棚というほど、床は格子状ではない。

細い隙間が空いている板、という程度だ。


ちょっと、ほっとした。

ただし。見通しに関しては、ばっちりだ。

すぐ真下に、ステージが見える。


中心に暁がいた。王子と踊っている。

難易度の高い技なのだろう。勢いを付けて王子に飛び込むと、抱えられた状態でポーズを決めた。


うわあぁっ

観客が、どよめく。

まずいぞ、早くしなくちゃ。


そう思っているのに。足は、なかなか動きだそうとしなかった。

中途半端な高さが、逆に恐怖心をあおってくるのだ。

冷静に分析はできるのだが。


「……なるべく下を見ないようにしてさ、ゆっくり行けばいいんだよ」

碧は、情けない自分の両足に言い聞かせた。

足場は、しっかりしているんだ。問題は無い。


「ここで怖気づいている場合じゃないだろ」

そうだ。必ず、オーロラを見つけなくちゃいけない。作戦上、不可欠なんだから。


この地宮の太陽であり、核たる存在。

強大な力を持ち、やりたい放題で傍迷惑なオーロラを、絶対に押さえておかなくちゃいけないんだ!


きりっと意気込んで、前を見据えた瞬間。


がくり

碧の力が、抜けた。


「ああ……うん、あれだな」

間の抜けた声を出して、一人で頷く。


真っ白な小鳩がいた。

続きの(2)を、本日4/5㈯お昼12:10に投稿致します。

ぜひ、続きもご覧くださいね!


読んで頂いて、有難うございます。

感想を頂けたら嬉しいです。

ブックマーク・評価などして頂けたら本当に嬉しいです。とっても励みになりますので、ぜひよろしくお願いします。

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