2.オーロラ・バレエ・スクール(2)
「永えのピョートルさんが言ってたこと、みんな覚えてる?」
暁が、ドアノブから手を放して振り返った。
表情が硬い。
永えのピョートル。
時の筒で、素晴らしい楽曲を摸索し続ける作曲家だ。
人でありながら、人たることを辞め、オーロラの地宮に住まっている。
『ここにいよう』
『もう、現実の世界には帰るまい』
4人の脳裏に、彼の声が蘇った。
ピョートルは、その後、こう語っていたではないか。
『結局、私の肉体は、その後、急激に衰弱して死に至ったそうだ』
「まずいぞ、碧」
陽の顔から微笑が消えた。
みかげは、何を企んでいたのか。
全ては、まだ分かっていない。
だが、今。確実にみかげ自身の命が危ない。
そう分かっているのに、何もしなくていいんだろうか。
「もう、親に言うべきだと思う」
陽は、碧の顔を真っすぐ見た。
しん、としたフロアで、四人は押し黙った。
桃の表情からも、同じ結論が見て取れた。
暁は?
顔を見て、碧にはすぐ分かった。
迷っている。
あんな仕打ちをされはしたが、死んじゃってもいいとは絶対に思わない性格だ。
ただ、今までも、これからも、碧の判断には全幅の信頼を置いているのだ。
だから迷っている。
碧は、一同を見渡した。
考えつつ、口を開く。
「みかげが医者の子なら、俺のおじいちゃんに聞いたら、なんか現況が分かるかも」
地区は違うが、同じ開業医同士だ。
同業者のコミュニティは狭く、繋がりは広い。何か耳にしている可能性が高い。
「もう少し、確実な情報を得てからにしないか。大人に打ち明けるにはさ」
何を馬鹿なことを言ってるの。
そう鼻で笑われるのは、嫌だ。
「手遅れになったら、どうするんだ」
陽が断固として言う。
桃は、はらはらして兄と碧を見比べた。
兄は、真っすぐな性格だ。
はとこの碧は、頑固だ。
自分が一番よく分かっている。
今までに、この二人が揉めたことなんて、一度もない。
ガツンとぶつかった時、どうなるのか。
桃は泣きそうになった。
どうすればいいんだろう。
だが、そこに暁がいた。
「あっ、じゃあさあ! 同時進行でいけばいいんじゃない?」
「はあっ?」
碧が、素っ頓狂な声を上げた。
まったく予想していない提案だ。
言い争う二人をフォローしようとか、そんな意図は全くない。ただ、思いついたから話す。
それが暁だ。
「陽も桃ちゃんも、私も、親に話すの。碧は碧で、お医者のおじいちゃまに聞いてみて。もし、追加情報が得られたら、すぐにみんなに連絡してね。親に打ち明ける前に間に合えばそれでいいし。後になっちゃったら、付け足して話せばいいじゃない」
なるほど。
命がかかっているなら、スピード重視は理にかなっている。
兵は拙速を尊ぶ、だ。
「碧は、それからおいちゃんママに話せばいいでしょ」
まあ、祖父に聞いたことが分かった時点で、どのみち母親を心配させてしまうだろう。
それならば、打ち明けたほうがよい。
信じる、信じないは、分からないが……。
「わかった。じゃ、それでいこう。おじいちゃんには、帰ったらすぐに連絡してみる。みかげの苗字、確認するから、下に行こう」
全員が驚いた顔をした。
「なんで?」
「分かるのか?」
「どうやって?」
暁、陽、桃がテンポよく問いかける。
碧の眼鏡が、きらりと光った。
「みかげの家は、地元のクリニックなんだろ。電子案内板で検索するんだ。地域の医療情報は、きっと登録されてる。複数言語でね」
お役所の出張所も担う、地域センターだ。
館内の案内に留まらず、重要な生活情報も得ることができる。
病院の住所、診療科目、診療曜日や時間。
そして。
「院長の名前が出ている筈だ。それが、みかげの苗字だよ」
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