表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/78

16.狂乱の場(2)

何事もなかったように、またジゼルの絶望が始まった。


あなたは私を裏切ったの?

恋人では無かったの?


操られた暁は、あっちこっちに激しく動き始めた。

陽に捕まらないためではない。

舞台を広く使って、ダイナミックに観客に訴えているのだ。


まずい。そんなに熱演しちゃだめだ。

花道が完成してしまう。


「放せ!」

陽は声を荒げた。

ハシビロコウが鳴き喚いたくらい、珍しいことだ。


だが、相手が、そのレア度を理解するわけがない。負けじと睨み返してきた。


別の村人も加勢して、陽の左腕を押さえてきた。

成人男性、二人掛かりだ。これじゃ敵わない。


陽は、両脇を抱えられて、ずるずるとステージから引きずり出されてしまった。


「言いなり茸に操られているんだ!」

陽は、連行されながら、必死に訴えた。


だが、村人の二人は、聞く耳を持たない。

見事なほど、揃って無表情&無言だ。

軽くはない陽の体を、完璧なユニゾンで舞台袖に叩き込んだ。


碧は?

陽は、がばっと跳ね起きた。尻もちをついてる場合じゃない。

だが、またもや二人掛かりのブロックに阻止される。


村人の肩越しに、碧の姿が見えた。

今、ようやく橋を渡り切って、駆け出して行く。


暁!

と呼びかけるつもりだったのだろう。

だが、アの時点で、碧の声は、ぶった切られた。


舞台を邪魔する不埒者、第2号である。

出演者の反応も、速い。

今度の対戦者は、大柄な村娘だった。

つかつか近づくと、ひょいと碧の襟元を引っ掴む。


碧が、ぐえっと固まった。

突然、喉元を締め上げられたのだから、たまらない。


村娘は、碧を片手でぶら下げて、すたすた歩き出した。


「ちょ、ちょっと、放せよ! 言いなり茸を解除しないといけないんだってば!」

仔猫みたいに運ばれながらも、碧が、ぎゃんぎゃん言い募る。


だが、村娘も、息巻いている碧を相手にしなかった。

あっという間に舞台袖まで運搬してくると、ぽいっと放り投げた。


陽が、慌てて碧を抱き留める。

じゃまっけな荷物を退かしたような扱いだ。

見向きもしないで、さっさと舞台に戻ってしまう。


男達も、村娘に続いた。

床に打ち捨てられた二人に向かって、「ここにいろ」とジェスチャーで示し、戻って行く。


「碧、大丈夫か?」

「……ああ」

碧の顔が、悔し気だ。


「もう一度、突撃するか、一緒に」


ぎろり

陽が口にした瞬間、舞台の村人たちが、一斉にこっちを向いた。

殺気を込めた視線が、いくつも突き刺さる。

だめだ。すっかりマークされてしまった。


「どうするかなあ」

陽が天を仰いだ。

これじゃ、寄ってたかって、またここに戻されるのがオチだ。


音楽が、ドラマチックに盛り上がる。

いよいよクライマックスを迎えているらしい。

ジゼルと猟師の男、それにアルブレヒト公。

三人が、すったもんだしている。


舞台の袖から眺めていた陽が、つい零した。

「……どういう状況なんだ、あれ?」


『あらすじのご案内をご希望ですか?』

間髪入れずに、音声が流れた。

案内板だ。碧の胸元に、一輪の花と見まがう利器りきが刺さっている。

幾多のアクションを経ても、幸い落っこちなかったようだ。


「あー。手短に頼む」

考え込んでいる碧が、上の空で返事した。


花弁に包まれた小さな顔が、話し始める。

『猟師のヒラリオンは、ジゼルに恋していました。自分に振り向いて欲しいため、アルブレヒト公の身分を暴露したのです』

横恋慕。それゆえの暴走だ。


『アルブレヒトは、結局、貴族の婚約者を選びました。真実を知ったジゼルが、それを受け入れられず、徐々に狂っていく。それが、この狂乱きょうらんです』


「へー。ひどいなあ」

「まったくだ」

碧も、つい同意した。


聞けば聞くほど、胸糞の悪い野郎だ。

身分および氏名詐称(さしょう)のうえ、二股をかけた挙句に、それか。

もしも、自分の幼馴染にそんな仕打ちをする男がいたら、絶対に許さない。

蹴りの一発でも、お見舞いしてやりたい。


いや、そんな場合じゃなかった。

舞台のアルブレヒト公を睨みつけていた碧は、慌てて現実に戻った。


「陽、考えたんだけど、なんか投げて当てる、っていうのはどうかな?」

「暁に?」

碧は頷いた。


「とにかく、ショックを与えればいいんだ。一気に近づいて、止められる前に投げちゃえば、大丈夫だろ?」

なるほど。やってみる価値はある。


「よし。じゃあ、なにかを……」

陽と碧は、辺りを見渡した。

だが、みごとに何もない。

綺麗に片付いてしまっている。


「花道の椅子をぶん投げるか? いや、暁がケガしちゃうなあ」

もっと軽いものはないか。


碧が、はっと息を呑んだ。

「桃ちゃんのヘアゴムだ! 大きな丸い飾りが付いてるから、うってつけだよ。あれを暁の顔に当てれば」

陽の目が、輝いた。


そうと決まれば、急ごう。

二人は、素早く舞台の前方に出て行った。

ただし、村人を刺激しないよう、こそこそと端っこを伝っていく。


陽は、ボックス席に向かって、両手をぶんぶん振った。

そんなアクションは、不要だ。残された面々は、身を乗り出して注目していた。


「案内板、陽の顔を向こうのスクリーンに映せる?」

『はい。実行します』


陽が、ジェスチャーを始めた。唇も動かす。

桃の・髪ゴムを・俺に・寄越よこして。


「どうしよう!?」

ポケットから取り出して、桃は狼狽うろたえた。

よく分からないけど、これが必要らしい。


投げる?

いや、あそこまで届くだろうか。

持っていったほうがいい?

ここから降りて?


うろうろ

もう涙目だ。どうしたらいいんだろう。

そこに、優しい声が掛かった。


「待って、桃。お届けなら任せて」

筋肉きんにく四郎しろう五郎ごろうマッスル衛門えもんだ。


うにょん

黒鳥は、頸を桃に差し向けた。

赤いくちばしで、桃の髪ゴムを受け取る。


ばさり!

狭い部屋の中、巨大なブラックスワンが羽ばたいた。

椅子に駆け上り、そこからバルコニーの縁に飛び移る。


被害は甚大だ。

残りのスワン二羽は、黒鳥の羽パンチを、まともに食らった。

マッスル左衛門が、桃だけを避けようとした結果だ。


風も巻き起こった。

「あ~れ~」

マダム・チュウ+999の小さな体が、バルコニーの縁から吹っ飛ばされていく。


悲鳴をたなびかせながら、ピンク色の塊が、彼方に飛んで行った。

ちなみに、二回目だ。

さっき、スワンズ2号が碧の救出に向かった折も、同様に吹っ飛ばされている。


だが、その折は、二郎よりも早くロージュに戻ってきた。

今回も速い。ピンク色の細い帯が、バルコニーから部屋に踊りこんできた。


止まると、荒ぶるピンクネズミの姿が出現する。

「まったくもう! 気を付けて頂戴!」

ぷんすこ、文句を言う。

この台詞も、二回目だ。


「来る!」

碧が、黒鳥を見て叫んだ。

隣に立つ陽は、もっと見えていた。

「よし! 嘴にくわえてるぞ!」

【次回予告】

17.解除

2/15㈯の朝7:10に(1)、お昼の12:10に(2)を投稿致します。


毎週㈯に投稿していきます。

ぜひ、続きもご覧くださいね!


読んで頂いて、有難うございます。

感想を頂けたら嬉しいです。

ブックマーク・評価などして頂けたら本当に嬉しいです。とっても励みになりますので、ぜひよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ