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13.住人(2)

すぐに、ド・ジョーは、気を引き立てるように言った。

打って変わって、ぐっと明るい声だ。


「おいおい、そんな顔すんな。おら、見とけ。胡蝶こちょう門出かどでも、最終シーンだぞ」


ひょいっ

小さな金色の胸ビレが、はためく。

たったそれだけで。

ひゅんっ

超特急で、オーケストラボックスの泉から、別の水球が招き寄せられてきた。

こっちは、カラー無しだ。


べろん

透明な水球は、伸し餅状になった。

四角い水製スクリーンだ。


『中断していた映写を再開しますか?』

碧は、胸元の案内板に、のろのろと返事をした。

「あ……うん。お願い」


かっ

小さなピエロの両目から、再び光線が発射される。


すぐに映像が映し出された。

ちょうど、バルコニーの横っちょに、小さなテレビ画面を乗っけた形だ。

ハンカチに比べて、格段に見やすい。


「マダム・チュウ+999だ」

陽が言わなくても、一目瞭然だった。


水の画面いっぱいに映っているのは、一匹のネズミだった。

まつ毛がバシバシで、色はピンクだ。胸元だけ、白いハート型に染め抜かれている。

こんなネズミ、世界に一匹しかいない。

いや、いて欲しくない。


マダム・チュウ+999は、花道の終点にいる模様だった。

最後に映っていたのと、同じ光景だ。

積み重なった黄金の椅子。てっぺんの紅い座面には、やっぱり電球がある。


ハンカチよりも、くっきり見てとれた。

解像度のレベルも、こっちのほうが上だ。


細長い形の電球だった。ちょっとだけいびつなのが分かる。

でも、どんな宝石よりも希少だった。

座面の上で、ひとりでに光を放っているのだ。


ひょい

マダム・チュウ+999は、軽々とそれを持ち上げた。

自分の体と同じくらいの大きさだが、もちろん楽勝だ。


「本当に、あれがプリンシパルなの?」

碧が、ド・ジョーに問いかける。


「ああ。めでたく門出を迎えたからな。もう、この地宮で、胡蝶の姿を取ることはない」


ぐにっ

でた。ご自慢の体内ポケットだ。

マダム・チュウ+999は、細長い電球を、迷うことなく自分の脇の下に突っ込んだ。

あっという間に、体積が二倍に膨らむ。


少し動きが鈍くなったものの、忍者と同レベルのアクションは健在だった。

ぴょん!

画面に映ったピンクネズミは、椅子からシャンデリアに飛び移った。

すごい。ムササビ並みのジャンプだ。


天井から吊り下げられた照明に、ピンク色の塊が取り付く。


ちょろちょろ

高さも、不安定さも、ものともしない。

数多あまたの電球が輝く小山を、マダム・チュウ+999は、どんどん登っていく。


やがて、一か所で立ち止まった。


きゅぽん

しゅうぅ……


体内ポケットから中身を出すと、途端に元のサイズに萎んでいく。

何度見ても、むちゃくちゃなつくりの体だ。


マダム・チュウ+999は、電球をシャンデリアに取り付け始めた。

いや、ちがう。

電球になってしまった、元プリンシパルだ。


「これからは、あのプリンシパルも、ガルニエ宮を照らす一員となる。高みから、自らの輝きを放って」


ド・ジョーの説明に、ただ一人、碧だけが気付いた。

息を呑んで、画面を指さす。


「じゃあ、このシャンデリアの電球は、全部……?」

「ああ、そうだ。これまでに催された花束の宴で、世界中の観客に認められた踊り手たちだ」

低い声が、誇らしげに響く。


陽と桃は、驚いて目を見開いた。

天井から吊り下がったシャンデリアには、ぐるりと電球が植わっていた。

いったい、いくつある? 


「すごいなあ」

溜息しか出ない陽に、桃が小さく同意した。

「そうね」


一本、一本。煌びやかに輝く電球は、寄り集まって、さらに明るさを増す。

それは、一つの太陽さながらに、ガルニエ宮の豪奢な劇場を照らしていた。


「ただいま~っ!」

オネエな声が、ボックス席に響いた。

マダム・チュウ+999だ。てっぺんから戻ってきたわりには、えらく早い。


「あれ? まだなんか入ってるの?」

碧が尋ねた。

ちょろちょろと膝の上に上がってきたピンクネズミは、また体が膨らんでいる。二倍くらいだ。


「もう光っていない電球がね。一人あったから、外してきたのよん」

きゅぽん

しゅうぅ……

またぞろ、ネズミサイズに萎んだ。


取り出されたのは、細長い電球だった。

確かに光っていない。ただの管だ。


マダム・チュウ+999は、両手で抱えた電球に、優しく語りかけた。


「アタシは、このプリンシパルの踊りが好きだったわ。華があって、底抜けに陽気なの。もうずいぶんと前に活躍したバレリーナよ。現実の世界では、とうに亡くなっているでしょうけど」


時が移ろい、肉体は死に至る。

そして、取り巻く人々も、また変わっていく。

時代の流れとともに。

偉大なプリンシパルといえども、いつしか忘れられていく運命だ。


「それ、どうするの? マダム・チュウ+999?」

桃が、細い声で聞いた。

不安そうな顔をしている。

捨てちゃうのかな。


もう一人の住人は、にっこりした。

「シャンデリアにはもう付けないけど、大丈夫よ。宮殿の裁縫部屋に持って帰るわ」


碧と陽を、いたずらっぽく見上げる。

「暁がお裁縫したときに、見てるでしょう?」

マダム・チュウ+999が掲げている電球を、二人は改めて眺めた。


光っていなければ、ただの細長い管だ。

ちょっとだけ歪なのが、なんだか手作りっぽい。

さっきのと、微妙に形が違う。

これは……。


「糸巻だ!」

陽が合点した。


「うふん、正解。これも、ちゃんと使うわ。門出のセカンドステージね」


なるほど。リサイクルが徹底している。

これに、いろんな色の糸を巻いていたのか。


「ひとつひとつ、形が違うのよ。時々、ぼうっと光るときがあるの。きっと、なにかの拍子に、人の記憶に蘇ったり、口の端に上ったりするんでしょう」


忘れ去られていたプリンシパルが、輝きを取り戻す。その間だけは。


だから、終わりは無いのだ。

かつて輝いた、(エトワール)の命には。

【次回予告】

14.替え玉

1/25㈯の朝7:10に(1)、お昼の12:10に(2)を投稿致します。


毎週㈯に投稿していきます。

ぜひ、続きもご覧くださいね!


読んで頂いて、有難うございます。

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