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1.〔挿話〕たい焼きはあんこ・たこ焼きは大阪(2)

夫婦は、喧嘩すれすれのやり取りを続けている。

碧は、やおら切り出した。

「あの、ちょっと説明しづらくて、」


すっ

二人の意識が、切り替わったのが分かった。

反応が速い。

必要な時に、感情をすぐさまスイッチできる。

きっと二人とも、優れたビジネスマンだ。


一ノ瀬夫妻は、体ごと碧の方を向いた。

何も言わず、真剣な瞳で、碧を促している。


「ええと、他校の子なんだけど、一方的に暁を気に入ったらしくて。それで、色々とあったんだけど、結局のところ、その子は暁のことを利用しただけだったんだ」


碧は、考えていた説明を淀みなく口にした。

一緒に出掛けるという時点で、まあ聞かれるだろうと予測していたのだ。


嘘は言っていない。

だが、色々あった、の「色々」部分が、話せないだけだ。


「さすがに、暁もそうと気付いたから、落ち込んでるんだと思う」


夫婦は、顔を見合わせた。

人間関係か。そっちは予想していなかった。


「誰、それ?」

また直球だ。母の目が、怒っている。

そりゃそうだろう。そのせいで、あの暁が元気を失うほどなのだから。


「えーと、そこが説明しづらくって」

碧は苦り切った。

ありのままに表現すると、こうだ。

「ペラペラ人間で、巨大化したりして、でも現実に存在するらしい人物です」

いやいや……。言えるわけないだろ。


「その子は、また暁に接触してくるかな?」

父親も、整った顔を険しくさせた。


碧は、はたと考えた。

また?

また、あの地宮に行くことが、果たしてあるだろうか。


今回は、前回よりも更に危なかった。

無事に帰れたのは、ド・ジョーやマダム・チュウ(プラス)(スリー)(ナイ)()、マッチョ・スワンズのお陰なのだ。


あそこには、もう行っちゃいけない。

あのとき。エレベーターに乗る前に、ようは真剣な表情で、そう言っていた。

そうだ。陽の言う通りだったじゃないか。


碧が発した声は、固く重かった。

今度こそ防ぐんだ。

また、みかげが暁を狙うとしても。

「接触させないように、気を付ける。陽も、力になってくれるから」


「陽君が?」

いきなり出てきた名前に、両親は面食らった。

二人、同時に声を上げる。

どうやら、空手教室絡みの事件だったようだ。


「うん。あと、桃ちゃんも。二人とも事情は分かってるから」

罪悪感を感じながらも、碧は、どうしても話す気にはなれなかった。

だって、とても信じられない話だ。


「その子についても、調べてみるから。フルネームとか、どこに住んでるかとか」

確証はあった。後は聞き込みだ。


「分かったら、あーちゃんママにも、あーちゃんパパにも、ちゃんと言うよ。空手教室を止めるまでには、判明させるから。だから、ちょっと待ってて。お願い」


我が子の千倍は、しっかりしている。

そして、ばぶばぶと、よだれを垂らしている赤ちゃんの頃から見守ってきた子だ。


二人とも、とどのつまり、碧には、めちゃくちゃ甘い。

お願い、なんて言われたら、いちころだ。


「そうか」

「わかったわ」

引き際も、二人そろって潔かった。

正直言って、よく分からないけれど、大丈夫。碧なら、必ず教えてくれるだろう。


碧は、ちょっと拍子抜けした。

実は、もっと沢山の言い訳をシミュレーションしてきたのだ。

結局、使わないで済んでしまった。


でも、これで詰んだ形になっちゃったぞ。

必ず、みかげの身元を突き止める。

そして、大人たちが納得する話を、作り上げるしかなくなったのだ。


やっぱり、本当のことを話したほうがいいのかな……。

碧は、賑わっているフードコートを見渡した。

いや。やめたほうがいい。

いったい、何人が信じるだろう。

馬鹿な作り話だ。そう、わらわれてしまう。


込み合う中、暁が戻って来るのが見えた。

水の入った紙コップをトレーに乗せて、そろそろと歩いて来る。


なんだ?

知らない中年男が、一緒だ。

一見して、うさんくさい。休日のフードコートだっていうのに、ビジネススーツ姿だ。


「おとん、おかん、碧、お水~」

見りゃ分かる。

全員が思った。

その、横に立って胡散臭い笑みを浮かべている野郎は、誰だ。


「お父様とお母様でいらっしゃいますか? 私は、キッズモデル養成所を運営している者です。ぜひ、お嬢様を、」

「お引き取り下さい」

両親の声が、揃った。


今日の暁は、可愛らしいワンピース姿だ。

本人は、いやいや着ている。

だが、こういう「お出かけ」の前は、いつもそうだ。準備された洋服が、数日前からハンガーに吊り下げられているのだ。


今回の服は、特に母の気合が激しくこもって、しょうを放っていた。

着ないと祟られそうな代物だ。


そうして、可愛い服装で美少女レベルの上がった暁が、何らかのスカウトに引っかかる。

もはや、定例行事であった。


あーちゃんパパが、静かに椅子から立ち上がった。

「私の家では、娘に、そのような芸能活動をさせるつもりはありません。どうぞお引き取り下さい」


本当に、そんな色気は欠片も無い。

だから、淡々としている。

一片の笑みも見せずに言うと、父親は会釈をして、座った。

碧も惚れ惚れするほど、堂々とした所作だ。


断る親の方も、慣れているのだ。

それきり、そいつの顔は見ない。


暁の母も、同様だった。至近距離に立つスカウトマンを、一顧だにしない。

こういった輩には、男親が、びしりと言ったほうが効果がある。

癪だけど、そう学んでいた。


こりゃ、だめか。夫婦そろって、取りつく島もない。

さすがのスカウトマンも、敗北を悟った。


ぺこん

暁が、所在なさげに佇むおじさんに、お辞儀をする。

ごめんなさい。さよなら。

そう伝える身振りだった。


かわいい。

気質の良い子なのが、にじみ出ている。

惜しいなあ。逸材だのに。

口の端に餡子が付いてなければ、百点満点だ。


スカウトマンが撤退すると、暁は水の入った紙コップを皆に配った。

各自、お礼を言って受け取る。


「本日の定例イベント、ひとつクリアやな」

暁の母が、たい焼きを再び口に運びながら、笑った。


「いや。前に劇場で、芸能プロダクションの人に声を掛けられてたから。まだ油断しないほうがいいよ」

碧が、冷静に指摘しつつ、たい焼きを齧った。

まだまだ、お腹の餡子は熱い。


暁の父も、たこ焼きを口に放り込んだ。


熱い。

そう叫んだつもりが、

「あひっ」

なんとも情けない悲鳴が、上がった。

三人が、慌てて自分のコップを差し出す。

「お水!」


仕事はできるが、天然すぎる。

会社内および社外で、そう評されている男。一ノ瀬(ゆう)は、今日も天然だった。

【次回予告】

2.オーロラ・バレエ・スクール

11月2日㈯の朝7:10に(1)、お昼の12:10に(2)を投稿致します。

毎週㈯に投稿していきます。

ぜひ、続きもご覧くださいね!


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